第100話 一人と一匹、久々のあれ。


「おー……あいつら何時まで飲むつもりなんだろうな? ノリが居酒屋のバイトで手を焼かされた大学生の飲み会と一緒だぞ……ったく」


 心配と呆れ半分に閉めるドアの隙間から、未だ続く宴の賑やかな声が聞こえる。これは一応顔見せと聖女の情報収集のために軽く酒に付き合って、場が荒れる気配を察知して先に部屋へと退散してきて正解だな。


 宿の従業員や他の宿泊客達は、頭を悩ませていた賊を退治してきた一行だからか、好意的に接してくれた。そのおかげで忠太なんかはナッツばかり食べさせられて、口の中の水分がなくなったようだ。忙しなくヒゲを動かしながら舌をペロペロさせている。本当に不憫可愛い体質の相棒だ。


 対して忠太と反対側の肩に乗った金太郎からは、ほんのりお酒の匂いが漂ってくるものの、場の雰囲気に酔ったのか当の本人は割とご機嫌。大学のサークルや新入社員の飲みニケーションだったら金太郎の一人勝ちだな。

  

 ふと早々に酔い潰されたデレクの肩で透明になって難を逃れつつ、ちゃっかり摘まみ食いをしていたカメレオンを思い出して、ちょっと笑ってしまった。意外とあいつもあいつで楽しんでいそうだ。


「大丈夫か、忠太。ナッツばっかで飽きただろうし、喉も渇いただろ? 私達はここで酒盛りしようぜ。あ、でも先に金太郎だな。酒の匂いが染み着く前にファブ○ーズかけてやるよ」


 そう言いつつ忠太と金太郎を部屋のテーブルの上に下ろし、スマホの画面にネットコンビニを呼び出しておつまみと酒を、薬局のサイトでファブ○ーズと、公衆浴場には行きたくないので身体を拭く大判の除菌シートを購入。


 次いで簡素なベッドの側にある窓に近付いて開ければ、ずっと私達の帰りをそこで待ち伏せていたのだろう、紅葉の鼻面が入ってきた。チェスターが手配してくれたこの部屋は一階の角部屋で、宿泊客の馬を預ける馬屋の近くに位置している。


「ただいま紅葉。お前だけ外で留守番はつまらなかったろ。これから部屋飲みし直すからさ、窓からで良かったらお前も付き合えよ」

 

 私の言葉に紅葉が頷いた横でタイミングよくベッドの上に荷物が届いたので、金太郎をファブった後にベッドを窓の下まで移動させてもらい、気安い二次会が始まった。忠太は早速キャップに注いだコーラに口をつけ、食べられない紅葉と金太郎は、それでも楽しそうにパーティー開けしたポテチの袋を覗き込む。


 その様子を眺めながら私も覚えたてのビールとワインを口にする。ただ金太郎はすぐにポテチの観察に飽きて、おつまみカル○スの包装を剥くことにハマったらしい。どんどん剥かれて積まれていくカル○スを忠太が抱えて齧る。見た目より食べるからみるみる減っていく。このハツカネズミ……肉に飢えてたのか。


 紅葉は水分だけは蔓から少量摂取出来るらしく、百均のマグカップに入ったコーラを気にしていたので分けてやると、恐る恐る表面に触れ、炭酸に驚いて一旦蔓を引っ込め、でも結局気に入ったのかチャプチャプとやっている。


 部屋の外から聞こえてくる賑やかな声をBGMにふと、宴の席で見た際に初期メンバーよりも人数が増えていたことを思い出す。護衛を私達の他にも雇ったとは言っていたが、紹介された護衛のメンバーを差し引いても増えていた。


 もしかすると、今後も立ち寄った町や村から出たい若手が合流していくのかもしれない。そうなればちょっとしたキャラバン隊だなと思う。


「あいつらさ、新入りの歓迎会も兼ねてるとはいえあの調子で遅くまで飲むとなると、明日の出発は遅くなるかもな」


 思わず漏らした言葉と苦笑に、手を油でベタベタにした忠太が顔を上げる。ヒゲがコーティングされてテグスみたいだ。その手をウェットティッシュで拭き、スマホの画面に何やら打ち込んでいくので覗き込む。


【みんな こきょうでて とかいめざす わかもの きんちょう してるのかも それでなくても ぞくにおそわれて こわかった でしょうし】


「まぁその気持ちは分からなくもないけどさ。ただ疲れてるところに酒って……絶対に二日酔いの馬鹿が出るぞ」


【ええ でますね たぶん】


「だろ。今のうちにソル○ックかキャ○ジンでも飲ませとくか?」


【いえ あれは たべるまえに のむ もうむだかと こんやで おのれの げんかい しるでしょう】


「ハハッ! そこは厳しいのかよ。けどド正論だな」


 胡座をかいていた膝を叩いて笑えば、忠太は【ぜひもなし】と戦国武将みたいなことを言った。かと思うと【まりも ようまえに せいじょの じょうほう まとめて おきましょう】と指摘してくる。

 

「あー……スマホのメモ帳に箇条書きするにしても、結構な文字数になるよなぁ。覚えてる文章でも打ち込む間に忘れたりする」


 無意識とはいえ苦手なことを話す時の声音になったのか、それに気付いた忠太は猛然とスマホをいじりだした。ややあって差し出されたスマホの画面には、音声で読み上げたものをテキスト化するアプリ(インストール済み)が。


 視線で吹き込めと合図してくる相棒の文明の使いこなしぶりに毎回戦きつつ、マイク部分に向かって飲み会の席で聞き齧った情報を入力した。要点を絞ってかなり簡略化するとこんな感じだ。


 一、聖女の物語は今から三百年前の出来事をモチーフにしている。

 二、初期の物語では聖女ではなく魔女と表記されている。

 三、現在の形になったのはここ百五十年くらいのこと。

 四、改編に改編を重ねられて物語の原型はほぼない。

 五、エンディングは数種類ありどれが本当か不明。

 六、有名なものは当時の王族と結婚したもの。

 七、聖女ではなく毒婦と呼べる悪女だった。

 八、魔女の呪いで森の生物が凶暴化した。


 ――……等々。そのどれもに信憑性はないけれど、紅葉の耳に入れるには多少どうかと思える内容のものもある。他にもまだあるものの、その中のどこにも聖女に従魔がいたという・・・・・・・・表記はない・・・・・


 紅葉はそんな音声のテキスト化に耳をピルルと震わせ、それでも初めて会った時のように暴走することなく聞き入っていた。そんな一瞬酔いも醒める居たたまれない空気が流れ始めたその時、かなり久しぶりにスマホの画面に駄神からの〝新着メッセージが届いています〟の一文が踊った。

 

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