第28話

湖のほとりをレイと手を繋いで歩く。


小さなレイは僕の胸あたりの身長だ。

きっと抱きしめたら、僕の腕の中にすっぽりと収まるのだろう。

本当はレイとの2人の時間を大切にしたいが報告が先だ。



「レイ、ウインティア王国のゾルティー殿下から手紙が届いたよ。」


「向こうの様子はどうなっているの?ヒロインが転移してきてから一月になるわよね?」


ここからエリーとルフランには教えられない話しをレイに話していく。



手紙の内容はこうだった。


彼女の名前はマイ・ツルギ。


貴族だけが通う学園では彼女がお茶会に突然現れたことは皆が知っている。


そこまで騒がれなかったのは彼女のように違う世界から転移してきた者が過去にも何人もいたからだ。

それは幼児から高齢者までいたそうだ。


学園の入学式。ゲームではルフランが新入生代表の挨拶をする。

だが実際に挨拶をしたのは僕たちがウインティア王国にいた時から優秀だと有名だったアルマ・セルティ公爵令嬢だった。


影の報告では彼女は『おかしい、ルフランがいない。おかしい』などとブツブツ言っていたそうだ。


そして、同じクラスになるはずのエリーがいないことにも、攻略対象者の僕がいないことにも気づいた彼女は教室で騒いだそうだ。


『アランはどこ?エリザベートは何処にいるの?』と・・・


侯爵家の僕たちを敬称も付けず、呼び捨てる彼女はクラスからも白い目で見られてしまったそうだ。


そこは貴族社会を知らない転移者だから多目に見れるが、彼女はその時に宥めようとする令嬢に暴力を振るったそうだ。

幸いたいした怪我ではなかったようだが、本来なら即退場だろう。

学園側も何も知らない転移者だと仕方がないと口頭での厳重注意で終わらせたようだ。


一人ぼっちになった彼女は記憶喪失を装いはじめたらしい。


バカだろ?

僕たちの名前を口にしたのに記憶喪失なんて通じるわけが無い。


それが通じてしまうバカがいたのだ。


天真爛漫で純真無垢なフリをして見目の良い男たちに手当り次第声を掛けていたようだ。



最初は警戒していた男たちも、記憶喪失を装った彼女に同情したのか信じたのか、次々と彼女を特別扱いする子息が増えていったそうだ。

その中には既に宰相と騎士団長の子息も含まれている。


落ちるのが早すぎるだろ。



最初から彼女の嘘を見破った子息たちは全く相手にしていないそうだ。

それが普通だ。


影の報告では体の関係がある令息はすでに8人いる。

すべての男に初めてを装っているそうだ。


時間をずらし1日に2人の相手をすることもあるそうだ。


まるで娼婦のようだ。




ゲームの表向きのヒロインは天真爛漫、純真無垢の設定だそうだが、裏では無実のエリーを悪役令嬢に仕立て陥れる底意地の腐った女だ。


『彼女はバカ過ぎて面白いね。エリザベート嬢の代わりをアルマ・セルティ公爵令嬢を悪役令嬢に選んだみたいだよ。この調子なら私が入学するよりも早く色々と処分出来そうだよ』


手紙の向こうでゾルティー殿下の黒い笑顔が見えるようだ。


『兄上がエリザベート嬢と友達になれたとの報告もありがとう。ヒロインを退場させたら君たちも兄上と一緒に帰っておいで』


そう締め括られていた。



エリーの養子の話しはゾルティー殿下にもしていない。

話すと面倒なことになりそうだから、これは言わないつもりだ。



レイにそこまで話すと帰ってしまうの?と泣きそうな顔で見上げてきた。


「レイの婚約を解消させてからレイを連れて一緒に帰るよ。それまではレイから離れないから安心して。」


レイ、潤んだ大きな目から涙が溢れそうだよ。


「夏の長期休暇には帰るけど、エリーの友人としてレイも一緒に来て欲しい。まだレイは王子の婚約者だけど、僕の両親や祖父母にも紹介したいんだ。僕の最愛の人だと。いいかな?」



アラン!僕の名を呼びながらレイが抱きついてきた。

やっぱり想像した通り腕の中にすっぽりと収まるレイ。


初めて抱きしめたレイは本当に小さい。

そしてすごく柔らかい。

それにほんのりと香る甘い匂い。

力を入れたら壊れそうだ。

どんどん愛しさが増してくる。


レイは僕のものだ。

誰にも触らせない。

奪わせないよ。




~ルフラン殿下視点~



エリーの作った弁当は何を食べても本当に美味しかった。


レイがアランに食べさせている所を見た時は正直羨ましく思った。

俺もエリーに食べさせてもらいたい!


まだ、そう言える程の仲ではないことに気づき落ち込んだ。


なのにエリーは食べてと言ってフォークに刺した唐揚げを俺に向けてきたんだ。

恥ずかしさと、嬉しさが込み上げてきたが、もう二度とないチャンスかもしれないと思った時には口に唐揚げが入っていた。


それからも俺の食事の進み具合を見ながら食べさせてくれる。

調子に乗った俺は口を開けて催促した。

その時のエリーが俺のことを女神の微笑みで見ていたんだ。


昔見たアランの世話をしていたエリーを思い出した。


あの頃アラン限定にしか見せない微笑みが俺にも向けられたことに嬉しさで胸が締め付けられ苦しくなった。


最後には口をナフキンで拭ってくれたのは少し恥ずかしかったがな。


また作ってくれると約束してくれた。


あの美味しいエリーの手料理がまた食べられる。


帰ったらゾルティーに手紙を書こう。


エリーの側にいられて幸せだと伝えたい。

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