第9話-2
この回先頭の一番・栗橋が、三度目の正直となるセンター前ヒットで出塁すると、二番、三番にも立て続けに単打を浴びて一点を失った。尚も無死一・三塁の大ピンチで、四番――駒場の打席が回ってくる。
「あの豪速球に、桜火打線のタイミングが合って来てる……」
ノートにスコアを記録しながら、夏生が息を呑む。変化球がないとは言え、抜群の制球力でコーナーに散らされる一五〇キロ越えの直球を相手に、これほど早く順応してくるとは、要の想像を遥かに超える対応能力だった。ベンチから何か指示があったのかもしれない。
ただ、それ以上に――
「……疲れてないか。あの人」
「え、そう? バテてるようには見えないけど」
山路が不思議そうに反応して、じーっと塁に目を凝らす。
マウンドのエースは、連打を浴びて露骨に苛立っているものの、呼吸は整っている。普通に見れば、まだまだ元気そうに映るかもしれない。だが、美しいフォームがこの回から少しずつ崩れて、上半身だけで投げているような印象があるのだ。夏生も要に同調した。
「足腰に力が入っていない。腕も振れなくなってる。……あれが、塁さんの弱点なんだよ」
夏生はわけ知り顔だった。思えばあらゆる高校を調べた結果夏生は光葉を選んだのだから、ウチの部員のデータは他所以上に深く調べ尽くしているに違いない。
「球数が六〇球越えたあたりから、パフォーマンスが著しく下がる。去年の大会も、七回以降に打ち込まれて負けたんだ」
「つまり、スタミナがないってことか……どおりで、さっきからキャプテンがストライクしか投げさせてないと思った。球数を少しでも抑えようとしてたんだな」
打ち込まれ始めたのは、相手ベンチにそれを見破られたから。ただでさえ球威が落ち始めているのに、下手をすればこの回で大量失点もあり得る。佐藤が再びタイムを取り、今度は内野も含めてマウンドに集まった。
「ふざけんな!」なにやら話し合っている途中、突然エースが吠えた。
「敬遠!? 僕がアイツに負けるってこと!? 逃げるなんて死んでもイヤだね!」
「おい塁、落ち着けって」
「確率の話だよ。満塁にして五番勝負のほうが守備も楽だからさ」
駒場を敬遠するかどうかで揉め、塁が感情を全面に出して激昂する。相手ベンチからも失笑が漏れ、打席の駒場は冷たい目で行方を見守っていた。
「塁、息を整えよう。勝てる試合も勝てなくなる。僕はお前と……」
「勝てるよ、僕がいれば! キャプテンは黙ってゾーンに構えてよ、そうすりゃ僕が絶対に、甲子園でもなんでも連れて行って、誰より長い夏にしてやる!!」
佐藤の胸ぐらを掴み、至近距離で睨みながら叫ぶ塁に、もう誰も何も言える状態ではなかった。一同、仕方なく守備位置に戻る。エースは歯ぎしりして、土を巻き上げ豪快に振りかぶった。すかさず一塁ランナーは二塁へ走る。
「捻じ伏せるッ!」
「――青いな、姫宮」
エースの意地を乗せた渾身の直球は、桜火主将の一振りで、晴れ渡る蒼穹に消えた。
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