107 初めてのショッピングモール

 ここまではウインドウショッピングばかりしていたので、実際に店舗の中に入るのはこれが初めて。


 そんなレヴィーリア様はショッピングモールに足を踏み入れると、吹き抜けのエントランスホールを見上げて大きな瞳をさらにまんまるに見開いた。


「まあまあまあっ……! なんと広くてきらびやかなお店ですこと! マツナガ様、ここでは一体なにが売られているのですか?」


「いえ、ここは一つの店舗ではなく、いくつもの店舗が寄り集まっている施設なんです。ですからいろんな物が売っていますし、さまざまなイベントも行われているんですよ」


「なるほど……。グランダにも屋台を集めた広場や通りなどはありますが、それらを一つの軒下に集めるとこのような形になりますのね。とても壮大で素晴らしい試みですわっ!」


 為政者いせいしゃとしての立場からか、妙な感心の仕方をするレヴィーリア様。そんな彼女に伊勢崎さんが声をかける。


「それでレヴィ、なにか気になる物はあるのかしら?」


「はい、お姉さま。それはもちろんアレですのよ!」


 すぐさま答え、真っ直ぐに指を差すレヴィーリア様。その先にあったのは――


「あら、エスカレーター?」


「アレはエスカレーターと呼ばれる物なのですね。見たところ階段が動いて人を上へと運んでいるようですが……わたくしもアレに乗ってみたいですわ!」


 どうやら店よりもエスカレーターそのものに興味を持ったらしい。まあ異世界では見なかったし、わからないでもない。


 そういうことならと、俺たちはエスカレーターの前まで歩いていった。上に向かって一定速度で動くエスカレーターをじいっと見つめ、レヴィーリア様がゴクリとツバを飲み込む。


 その表情はどこか緊張した面持ちだ。そういえば俺も幼少の頃、エスカレーターに乗るのが怖かった記憶がある。


「こ、ここに足を乗せればよろしいのですよね?」


「ねえレヴィ、怖いのなら私が手を繋いであげましょうか?」


「くうううっ、お姉さまと手を繋げる絶好の機会……! ですが、わたくしは先ほど幼い子供が一人で乗っていたのを見たのです。貴族として、わたくしが情けない姿を晒すわけにはいきませんの!」


 などとこぶしを握りしめて力説するレヴィーリア様。ここは異世界だし、別に世間の目を気にする必要はないと思うのだけれど、彼女には彼女なりの矜持きょうじがあるのだろう。


「はあ、はあ……。か、覚悟を決めますので、しばらく待っていてください。ですからどうか押さないで、押さないでくださいませね?」


 エスカレーターを凝視しながらレヴィーリア様がか細い声でつぶやく。少しだけそういうかな? と思ったのは秘密である。


 まあ幸いなことに閉店時間が近づきつつあるショッピングモールは人もまばら。エスカレーターも空いているので、ゆっくりと自分のタイミングで乗りこんでほしい。


 それからしばらくして、覚悟を決めたらしいレヴィーリア様が背筋をピンと伸ばした。


「み、見ていてください、お姉さま、マツナガ様……。それでは……レヴィーリア・カリウス、参りますっ……! どりゃああああーー!!」


 気合の入った声を共に、レヴィーリア様がエスカレーターに足を乗せた。彼女の体がスウーッと前へと進む。


「ほ、ほら、見てくださいませ! 乗れました! わたくしエスカレーターに乗れましたわ!」


 手すりを両手で掴みながらレヴィーリア様が振り返る。足がぷるぷると震えているけれど見なかったことにしようと思う。


「え、ええ。おめでとうレヴィ」

「おめでとうございます、レヴィーリア様」


 などと少しぎくしゃくした笑みを浮かべながら、俺と伊勢崎さんもレヴィーリア様の後に続いてエスカレーターに乗り込み――


 周辺からパチパチとまばらな拍手が耳に届いた。


 後ろを見れば、数人のお客さんが微笑ましいものを見る目でこちらに向かって手を叩いている。どうやらいつの間にやらレヴィーリア様を遠巻きに見守っていたらしい。


 まあ伊勢崎さんとレヴィーリア様という二人の美人がいる中で、さらにはエスカレーター前で聞き覚えのない言葉で騒いでいたらそりゃあ目立つよね。


『田舎から日本にやって来た留学生さん、初めてのエスカレーターに挑戦!』といったところだろうか。当たらずしも遠からずだ。


 そして拍手に応えるように、階下に向かってにこやかに手を振るレヴィーリア様。


 すでにエスカレーターに対する恐怖はないように見えるけれど、乗っている間に慣れたのか、それとも貴族のプライドがせる技なのか。さすがである。


 もう彼女たちと同行している限り、目立たずにいるのは不可能かもしれない。そんなことを思いながら、俺はエスカレーターを昇っていったのだった。



 ◇◇◇



 暖かい目の観衆に見送られ、二階に上がった俺たち。レヴィーリア様は達成感に満ちた顔でエスカレーターを降りると、さらに上階へと続くエスカレーターを見つめた。


「二階からさらに上に上がれますのね。わたくしとしてはお店を一軒一軒見て回りたいところですが、さすがにそこまで時間に余裕はないかと思います。ここはひとつ、お姉さまからおすすめのお店などを紹介してはもらえないでしょうか?」


 状況を理解した適切なリクエストである。その問いかけに伊勢崎さんが顎に手をあてながら答えた。


「そうね……。たしかこのモールにもゲームショップがあったはずですから――」


「ゲ、ゲームショップ以外でお願いしますわ!」


「むうっ……仕方ないですわね。それではコスメショップなどはどうかしら? ……あの、おじさまは少し退屈になるかもしれないのですが……」


 申し訳なさそうに眉を下げる伊勢崎さん。けれどレヴィーリア様は以前渡したコンビニコスメも喜んでいたし、きっと彼女が楽しめるお店になるのは違いない。


「それなら俺はしばらくモール内をウロウロして時間を潰しているよ。俺のことは気にしないでゆっくり楽しんできて」


「わかりましたわ。お気遣いいただきありがとうございます、おじさま」


 俺がコスメショップに入るのも気恥ずかしいので、これでいいだろう。あそこならさすがにナンパなんかはされないだろうしね。


「それじゃあ終わったらスマホで連絡して」


「はい、ではそのように。レヴィ、行きますわよ」


「はいっ、お姉さま!」


 笑顔を見せ合い、仲良くコスメショップに向かう二人。彼女たちの背中を見届け、俺はその場を後にした。


 ……さて、どうしようかな。そういやゲームショップがあるんだっけ。せっかくだから覗いてこようか。


 そうして俺はゲームショップに向かおうと足を進め――そこで聞き覚えのある声に呼び止められた。


「おんやー? センパイじゃないっすか。こんな所でどしたんすか?」


 その声に振り返ると、そこには会社帰りと思しきスーツ姿の相原が立っていたのだった。

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