64 実況見分

 まだ本調子には程遠く無理を通しているのだろう。真っ白い顔をしたレヴィーリア様は俺たちの元へやってくると開口一番、騎士と冒険者に周辺の警戒を命じた。


 そして彼女は俺に案内を頼み、伊勢崎さんとホリーを引き連れてローブ男がアースドラゴンに押しつぶされた場所へと向かう。レヴィーリア様自ら立ち会いの元で実況見分を行うのだそうだ。


 少し歩くと、地面がひび割れを起こし真っ赤な血が飛び散っている場所に到着。そこには俺が上空から見下ろした時と変わらぬ姿でローブ男が仰向けに倒れていた。


「暗くてあまりよく見えませんわ」


「それでしたら、これを」


 じっと目を凝らすレヴィーリア様に、俺はLEDライトの明かりをつけて地面を照らす。


「まあなんて明るい光……。マツナガは本当にいろんな品を扱っているのですね。……その辺の事情も後で聞いてもよろしいかしら?」


「あはは……」


 いたずらっぽく俺を見るレヴィーリア様に、俺は苦笑を返す。


 今のところレヴィーリア様の態度は襲撃前と変わらない。


 本当なら死んだはずのお姉さまともっと話したいと思うのだけど、状況が状況なだけに今はこらえているのだろう。まあたまにチラチラと伊勢崎さんを見ているけどね。


 ホリーがローブ男の死体のそばにしゃがみ込むのに合わせ、俺は死体にライトの光を当てた。アースドラゴンに潰された死体が鮮明に映し出される。


 死体を見てもやっぱり罪悪感みたいなものは湧かなかった。ただ、普通に死体がグロくて気持ち悪くて怖い。気を抜くと足が震えてきそうなので、足にぐっと力を入れておこう。


 ちなみに伊勢崎さんは、聖女時代に戦場に駆り出されたという話も聞いているし血やグロは慣れっこなのだろう、ケロッとした様子だ。


 ホリーはローブ男をじろじろと見つめると、おもむろにローブをつかんで上着ごとガバリとめくり、男の素肌を眼前に晒した。


 キャー! ホリーさんのエッチ! ――って、もちろんそんなワケはない。俺はすぐにその異様な状態に息を呑む。


 ローブ男は痩せすぎという言葉では足りないほどにガリガリの姿だった。


 あばらはベコベコに浮いており、みぞおちから下は腹が背中にくっつくんじゃないかというくらい肉が削げ落ちている。それを見ながらホリーがつぶやく。


「……あれほどの魔物を召喚したのです。魔力だけでは足りず、命を削る行いだったのでしょう。強大な魔法を使う術者によくある症状です」


 たしかにあの召喚はものすごいものだった。その代償ということだろうか。ちなみに俺は生き物を『収納ストレージ』に入れることはできないので、同じことをやろうとしても無理だ。


「これほどの術者が単なる賊に身を落とすとは思えません。おそらく……暗殺が生業の者だと思われます」


 ホリーの報告にレヴィーリア様はあっさりと頷く。すでに予想していたことなのだろう。


「ですわね。そして姉に呼ばれたわたくしの道中に暗殺者が現れたのです。偶然とは考えられませんし、暗殺を指図したのは姉ということになるのでしょう……。それでホリー、賊の中に生き残った者は?」


「一人確保して尋問している最中ですが、おそらく何も出てこないでしょう。何かあるとすれば、この男なのですが……」


 そう言いながら、さらにローブ男を探るホリー。ホリーはローブ男が腰に下げていた鞄の中身を地面に並べると、ひとつずつ調べ始める。


 黒パン、革袋に入った水、干し肉など冒険者たちがよく食べていたような物しか入ってないと思ったのだが、その中から興味深げにホリーがつまみあげたのは真っ白い干し魚だった。


「これはハルモア湖にしか生息しない、そのままハルモアという魚の干物です」


 その言葉にレヴィーリア様が眉をひそめた。


「ハルモア湖というと……ディグラム伯爵領にある湖ですわね」


 ディグラム伯爵というのは、このカシウス伯爵領と延々と紛争を続けている例の喧嘩相手の名前だ。


「はい。この干物はあまり日持ちしません。この男がディグラム領から来た者であるのはほぼ間違いないかと」


「そうですか……」


 そう言ったきり、眉間にシワを寄せながら考え込むレヴィーリア様。そうしてしばらく時間が立ち、彼女は疲れたように長いため息を吐いた。


「いろいろと考えつくことはありますが……決定的な証拠はなにひとつありませんわね。ひとまず後の処理はホリーに任せます」


「はっ」


 そうしてホリーを残し、背を向けるレヴィーリア様。俺と伊勢崎さんはその後を慌てて追った。


「あの……。レヴィーリア様はこれからどうなさるのですか?」


 俺の問いかけにレヴィーリア様はなんてことのないように答える。


「なにも変わりませんわ。このまま領都へ向かいます」


「えっ? ですがその……暗殺されそうになったのに、このままですか?」


「はい。なんの証拠もありませんからね。今わたくしが姉を糾弾すれば、追い詰められるのはむしろわたくしの方でしょう」


「しかし領都に行くのは危険じゃないでしょうか……?」


「いえ、あそこまで大掛かりな襲撃を計画したのです。考えが浅いあの姉に、次の手があるとは思えませんわ。生きているわたくしの姿に狼狽する姉が見れると思えば、少しは楽しみが増えるというもの……ククク」


 暗い笑みを浮かべるレヴィーリア様。貴族というのは肝っ玉が太いものなのだなあ。


 そんなことを思いながらレヴィーリア様の背中を追いかけていると、彼女は突然きょろきょろと辺りを見渡し始めた。そして人がいないのを確認すると、足を止めてクルッとこちらに体を向けた。


「お姉さま、それにその旦那様であるマツナガ様。このたびは命を救っていただきましたこと、まことにありがとう存じます。そしてわたくしのお家騒動に巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません」


 そう言って丁寧に頭を下げるレヴィーリア様。この世界の人間じゃないけれど、やっぱりお貴族様に頭を下げられるとなんだか恐縮してしまう。ワタワタとしながら俺は答える。


「いえいえ! 悪気があったわけじゃないですし、別に構わないですよ。ねえ伊勢崎さん?」


「はい。レヴィ、私は気にしないわ」


 伊勢崎さんも同意のようだ。


 そうして俺たちの返事に軽く微笑んでみせたレヴィーリア様は、意を決したように口を引き締めて俺たちに話しかける。


「ありがとう存じます。そして……非常に心苦しいお願いなのですが……。あなた方が強大なお力を持っていることはわたくしにも十分にわかりました。そのお力で……わたくしを手助けしてはいただけないでしょうか?」


「「あっ、それはちょっと無理」」


 俺と伊勢崎さんが見事にハモって答えたのだった。

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