第3話 引き離せない二人の娘
わたしが
「ふん、口もきけないか。まあいい。語り部様がその
歪められた顔には、あからさまに「
同じだと思っていた者が、同じでは無く良い目に合うと知った時、それはどんな気分でしょう。きっと面白くないに違いありません。
それにしても、「サンパギータを見たい」だなどという願いを聞き届けられるとは。どうやら語り部は、宮殿の人々を
後で分かった事なのですが、ラアヒットヒャ様は
素晴らしい夢を見せられれば、もっと見たいと思うのは当然の事でしょう。
どれだけ恵まれた環境で生きていようと、叶えられない事があるというのは少し怖くて不思議です。反面、意地悪な
宴の間で語り部の語りを聴いた者たちは全て、彼の話をもっと聴きたいと
語り部はたった
さて、驚いて声も出せず動きもしないわたしに、召使いは意地悪く笑いました。
「きっと、面白い木偶娘の
わたしは慌ててサンパギータの方を見ました。
サンパギータはいつの間にか起き上がっていましたが、いつも通り虚空につかみ所の無い視線を向けています。
召使いと共に部屋に入って来た
「……どうかご
わたしは胸の前で手を合わせ、小さな声で
大勢の煌びやかな人の前で、サンパギータが笑いものにされてしまうなど、本人は意に介さないかもしれませんが、
召使いはわたしの懇願を無視し、乱暴にサンパギータを連れて行こうとしました。
身分の無いわたしは、宴の間への同行は許されません。
サンパギータを守ってあげられないのです。
「待って、待ってください」
連れて行かれるサンパギータへ思わず手を伸ばし、彼女の手を握りました。
それでどうしてあげられるということでもないのですが、そうせずにはいられなかったのです。
すると、サンパギータが強くわたしの手を握り返しました。そこに意志があったので、わたしは驚きました。
「サンパギータ……?」
サンパギータの顔を覗き込むと、彼女は期待に反していつも通り虚空を見ていました。けれど彼女は、わたしの手をキュッと掴む力を緩める気配を見せません。
召使いが額に青筋を浮かべて
「何をしている、離せ!」
彼はわたしの頬を平手で打ち、サンパギータから離そうとしました。
わたしはよろめき、サンパギータの手を離しそうになりましたが、サンパギータがわたしの手をぐっと支え、離そうとしませんでした。
こんな事は初めてで、わたしは再度驚きました。打たれた痛みすら忘れてしまう程でした。
その内、召使いの長が「遅い遅い」と現れて、わたしとサンパギータを引き離そうとしましたが、サンパギータはどこにそんな力があるのか、決してわたしの手を離しませんでした。
きっとサンパギータは、わたしから離れるのが不安なのだわ。
そう思いつくと、胸がジンと焼けるようでした。
『引き離せない二人の娘』はとうとう別邸内の事件になって、大勢の召使いや奴隷がやって来てなんとか引き離そうとしましたが、無理でした。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
召使いの長はカンカンに怒り、
「お前の腕を切り落とすぞ!」
「ひ、お、お待ちください。もしも切り落としたわたしの手を離さなかったら、宴の席に
「うぐぐ……! 仕方ない、お前も行け!」
危うく腕を切り落とされそうになりましたが、切り落とした腕を持つ姫など、客人の
*
宴の間はランタンの灯りと、色鮮やかな熱帯植物の大鉢で彩られていました。
大鉢に溢れる大輪の花や珍しい
サンパギータを待つ為でしょうか、語りは中断されていました。
宴に集まられた高貴な方がたは皆、美しい色とりどりの絨毯とクッションの上で、思い思いにおくつろぎになられています。
ラアヒットヒャ様は語り部と向かい合い、楽しそうに語らっていらっしゃいました。
シヴァンシカ妃は話し込む夫と語り部の脇で、ボンヤリと水たばこをのんでいらっしゃいます。
ファティマ姫はというと、父の話に頷いている語り部の手をうっとりとした顔で撫で、彼の注意を引こうとしていました。
語り部は、ちょうどこちらに背を向けておられましたので、顔かたちはわかりませんでした。ですが、豊かに伸びた
わたしはその後ろ姿、逞しくもスラリとした背に胸が
語り部に振り向いて欲しくない。
何故か
彼にわたしが何者か……いいえ、何者でもないみすぼらしい女だと知られたくない。
そう願いましたが、宴の間に引き立てられたサンパギータに気づいたラアヒットヒャ様が、こちらを見て声を上げたので、語り部もこちらへ振り向いてしまいました。
視線と視線が合った時、後ろめたさを抱いた魂が、息も絶え絶えに立ち登ってしまいそうで、慌てて唇を引き結びました。
語り部は噂に違わぬ美男子でした。
そして、紛れもなくあの夜出会い、わたしを助けてくださった方だったのでございます。
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