第74話 望ム

「この人形に、私の声を録音しておくの。おはようとか、お帰りなさいとか、おやすみなさいとか、色んな種類の声をね。そうすれば、あなたも寂しくないでしょう?」


 不治の病に侵された妻は、そう言い残して天国へと旅立ってしまった。

 私は言われた通りに、妻の声を録音した人形と、慎ましく暮らしていたのだが……。


「まだ起きてたの?早く―――」


「まだ起きてたの?早く―――」


「まだ起きてたの?早く―――」


「まだ起きてたの?早く―――」


「まだ起きてたの?早く―――」


 最近になって、人形がその部分だけを繰り返すようになった。

 録音機器の不調かと思い、心得のある技術者に調べてもらったが、異常は見当たらないという。

 しかし……。


「まだ起きてたの?早く―――」


「まだガッきてたの?早く―――」


「まだオきてたの?早く―――」


「まだガガッきてたの?早く―――」


「まだイきてたの?早く―――」


 妻が私に望んでいることは、きっと―――。

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