第65話 戯レル

「もういいかい」


「まあだだよ」


「もういいかい」


「まあだだよ」


「もういいかい」


「もういいよ」


 ……今だ!

 霧が立ち込める中、一目散に山を駆け下りる。

 山神様か知らないが、これ以上、付き合ってはいられない。遊び続けて、もう七日は経っているはずだ。

 その間、日も暮れず、腹も減らなかったのが、不気味で仕方なかった。まるで、自分が人間ではなくなってしまったかのような気がして。

 逃げろ、逃げろっ!

 解放される為には、逃げるしかない!


「はあっ、はあっ!」


 記憶を頼りに、山道を駆け下りていると、


「みーつけた」


 目の前に、子供が現れた。

 いや、子供の姿をした、山神様が―――。


「どこに行くの?天辺の原っぱでやろうって言ったじゃない。ズルはダメだよ」


「ど、どけっ!俺はもう、山を降りたいんだ!」


「それはダメだよ。降りてしまったら――」


「くっ!」


 咄嗟に、横の藪に飛び込む。


「あっ!そっちは行っちゃダメッ!危ないからっ!」


 山神様の声を無視して、必死に藪をかき分け、走った。

 どうにかして、逃げなければ、降りなければ!


「うわっ!」


 何かに躓き、前のめりに倒れ込んだ。と思ったら、その勢いで藪を抜けていた。

 顔を上げると、


「……え?」


 目の前の木に、俺がぶら下がっていた。

 首に掛けた縄を、キイキイと小さく軋ませながら。 


「……だから、行っちゃダメって言ったのに」


 背後で山神様の声がした瞬間、俺はなぜ山に来たのかを思い出した。

 そうだった。

 俺は、人生に絶望して……。


「君は山を降りたら、存在が消えちゃうんだ。だから……辛かったんでしょ?もうちょっと、遊ぼうよ」


「……うん」


 俺は山神様に手を引かれて、天辺の原っぱへと戻った。

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