第117話 ガキはガキへ

月曜日に会社へと出社すると、私の元へカオリさんが駆けつけてきました。

私よりも先に誰か来ているのが珍しいので、扉が開いていたことに驚いてしまいました。


「ヒデオさん!」


名を呼びながら抱きついてきたカオリさん、顔を見れば涙を浮かべる彼女を受け止めました。


「カオリさん!ここは会社ですよ!まだ、時間が早いと言っても!」

「ごっ、ごめんなさい。でも、昨日の戦いをテレビで見ていて、今日は来られないんじゃないかって不安で不安でいくらメッセージを見ても……実際にヒデオさんを見たら気持ちが抑えられなくて」


まさか全国放送されているとは思っていませんでした。

カオリさんと別れた後だったので、テレビを見て心配させてしまったのですね。


「ほら、この通り。私は大丈夫ですよ」


私はカオリさんの肩を掴んで、少しだけ距離を取ります。

軽く体を動かして見せて、元気であることをアピールします。


「本当に良かった。無理をしていませんか?胸に大きな傷を負っていましたよね?」


ビックブラックベアーの爪で切られたのを見られてしまったのですね。


自身の回復(小)さんで治療はできています。

ただ、傷を完全に治すことはできないのです。

胸に残った傷は、そのままなので見せるわけにはいきません。


「もちろん大丈夫です。私、冒険者でレベルが上がっているので自分の傷も治せてしまうんです」

「そうなんですか?」


疑わしい目をされています。

ですが、嘘はついていません。


「はい。完全に傷痕が治るわけではありませんが、もう痛みはありません。心配して頂きありがとうございます」


抱きつかれた時は驚いてしまいました。

カオリさんが、そこまで私のことを心配してくれたことがとても嬉しいです。


「食欲はありますか?昨日はちゃんと食べられましたか?」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。昨日は疲れたこともあって一日中家で寝て過ごしましたから。ほとんど寝ていただけです。食事も有る物で軽く食べました」


私は昨日の食事内容を細かくお伝えしました。

もちろん、お酒を飲んだことも正直に話しましたよ。


「そんなことだと思いました。食事も栄養が全然無いじゃ無いですか!それにお酒なんて疲れている時に飲むのはダメです!」


カオリさんに怒られてしまいました。


「とにかく、本日は栄養のある物をたくさん作ってきましたからね。しっかりと食べてもらいます」


そういったカオリさんの後ろには、お重が置かれています。

前回は、とても綺麗に飾り付けされたお重の中身でした。

今回は、栄養のある物だと言っておられるのでボリュームが気になります。


「おはよう〜、あら〜カオリちゃんが阿部君を叱っているなんて珍しいじゃない!どうしたの?」

「あっいえ、これはそう言うんじゃなくて!」


三島さんに、からかわれてカオリさんが仕事に戻ってくださいました。

ランチは覚悟がいりました。なんとか全て食べることができました。

やっぱりお重の中は豪華絢爛でボリュームもあり、二人で食べるにしては量が多かったです。


カオリさんは私が食べ終えたことで満足されて、仕事が終わると今日はよく眠るようにと念を押されました。


カオリさんが帰った後に仕事を少しだけ頑張りました。

明日の火曜に冒険者ギルドに行くことを考えていたからです。


ミズモチさんには帰るのが遅くなることを伝えています。

残業を終えた私は、いつものおでん屋に顔を出しました。


そこには長さんと元さんがおられました。


「お二人とも、いらしていたんですね」

「おやおや、これは阿部君。今回の英雄様のご登場ですね」

「ふん!」


長さんにからかわれて、元さんは熱燗をグイっと飲み干したところで片手を上げられました。


「英雄なんてやめてください。お二人がいたからこそ、シズカさんを助けられたのですから」

「ふむ。君はいつも謙虚だね。まぁそれが君の美徳なんだろうね」

「実際にそうです。お二人が魔物を相手してくださったおかげです。そうしなければシズカさんを見つけることも、ビックブラックベアーを倒せなかったのも事実です」


長さんと元さんには頭が上がりませんね。


「若者を助けるが年長者の勤めだ。気にすることはない。我々が命を賭けることで、少女の命が助かった。とても有意義で意味であることに挑戦させてくれた。阿部くんはやっぱり英雄だよ」


私のコップに瓶ビールを注いでくれる長さん。

ご自身のお猪口とカチンと音をならせて乾杯をしてくれました。


「今日は僕に奢らせてください。お二人にお礼がしたいんです」

「ガハハハ。それは無理な相談だ。前にも言ったが、我々の楽しみを取ってくれるなよ。阿部君」


長さんにはおどけて拒否されてしまいました。


元さんを見ると、積み上がった熱燗の瓶をオヤジさんに渡していました。

新しい熱燗を注文しています。凄い量を飲むのですね。


待っている間に、元さんがビール瓶を持ち上げて私へ向けました。


「気にするな」


元さんが言葉を発せられました!!!

今まで「ふん」とか、「はっ!」とか息遣いだけだったのに…


私はコップを持ち上げて、ビールを注いでいただきました。


「ガキはガキだ。お前が別のガキに奢ってやれ」


それだけを告げると元さんは、届いた熱燗を一気に飲み干されました。

しゃがれた低い声で、私の申し出を断る一言は口は悪かったのですが、とても男らしくてカッコいいと思ってしまいます。


お二人には敵いませんね。


食事を奢らせてもらうことは諦めて、別の物でお礼を伝えようと思います。

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