第97話 家庭料理 後半
前回来たときは、私がお客さん第一号でした。
本日は、お客様が入られておられるので、お店の雰囲気が忙しそうです。
カウンターしかないので、それほど大勢のお客様がいるわけではありませんが、矢場沢さんは私たちから遠い位置でお仕事をされております。
「改めてヒデオさんの、B級昇格おめでとうございます」
ユイさんがお酒を飲む姿を見るのは初めてです。
お互いにビールのコップを打ち鳴らしました。
「ありがとうございます。乾杯」
「乾杯です。ヒデオさんは凄いことをしたんですよ。
昨年から冒険者になられて、半年でB級になるなんて、普通は1年や2年の間は下積みを積んで、レベルを上げていくんですからね」
「はは、私の場合はミズモチさんがいますからね」
今頃はお家のお肉をいっぱい食べているのでしょうね。
「それが不思議なんですよね。
スライムって、最弱の魔物と言われているんです。
でも、ミズモチさんはヒデオさんと一緒に強くなっています。
テイマーさんは、まだまだ未知なところが多いのですよね。
ヒデオさんたちが先駆者になるかもしれませんね」
ユイさんに褒められながら飲むお酒は気分がいいですね。
店の雰囲気が良くて、綺麗なママさんがいて、隣に綺麗な人が座ってくれる。
成功者のようです!!!
私も昔は立身出世を夢に見て東京に出てきました。
気付けばなんとか入れた会社にしがみ付いて、夢破れたと諦めた頃になって、夢見た成功者のような場面を味わえるとは不思議なこともあるんですね。
「ねぇ、ヒデオさん」
「はい?」
「あちらの方は知り合いなんですよね?」
「そうなんです。会社の同僚です。
本日は従姉妹の方がやられているお店を手伝いに行かれると言われていました。まさかここだったとは偶然って凄いですね」
私はビールを一気に飲んで矢場沢さんを見ました。
割烹着姿の矢場沢さんは似合っていますね。
いつものギャルメイクではなくて、大人しいメイクなので、より美しく感じます。
「仲良くされているのですか?」
「はい。仲良くして頂いております。と言っても二人きりの部署なので、お話をしたり一緒にお昼を取る程度ですがね。いつもお世話になっているので、申し訳ないです」
こんなオジサンにお弁当を作っていること知られるなんて恥ずしいですよね。
矢場沢さんはとてもいい人なので、迷惑をかけたくありません。
「好き……だったりするんですか?」
「えっ?好きですか?もちろん大好きですよ」
私が素直に答えると、カウンターでガタンと音がしました
「失礼しました」
矢場沢さんが何か物を落としたようです。
大丈夫でしょうか?
「人としてではありませんよ。女性としてです」
女性としてですか?考えたこともありませんでした。
いや、もちろん矢場沢さんのような女性がお付き合いしてくれれば嬉しいです。
ですが、私のようなオジサンなど相手にしてくれるはずがありません。
それこそ芸能人のようなカッコ良い方々でもなければ、これほど年の離れた女性が好意を抱いてくれるなんて、現実にはあり得ませんよね。
「うーん、とても素敵な人だと思います。ただ、私のような者には勿体無いくらいに素敵なので、女性としては見ないように努力しております」
「見ない努力なんですね……それでは私はどうですか?」
「えっ?」
「私も独身ですよ。女性として見れませんか?」
ユイさんからそのような言葉が出るなど珍しいので驚いてしまいました。
少し飲みすぎてしまいましたでしょうか?
私と同じペースで飲まれているので、結構な量になっています。
「ユイさんは、私からすれば高嶺の花と思っておりますよ。
遠くから見ているだけで幸せをもらえて、こうやって話をして一緒に食事をしてくもらえるのは夢のようです。今、ここにいることが凄く幸せです」
「……」
私は何か変なことを言いましたでしょうか?
ユイさんが黙って私から顔を背けてしまいました。
こちらを見ないで後ろを向いております。
「お客さん、アサリの酒蒸しです」
「みやこさん。ありがとうございます」
「いえいえ、ええですねぇ〜若い子とお酒なんて」
「はは、私には過ぎた現状ですよ」
「そんなことはないと思いますけど」
チラリとみやこさんが、矢場沢さんを見ました。
「そうだ。矢場沢さんとは職場が同じでお世話になっております」
「らしいですね。私はあまり知りませんでしたけど。それに……」
今度は、こちらに背中を向けるユイさんをチラリと見ました。
「ユイさん。あっ、水野さんは冒険者ギルドの受付さんなんです。
冒険者としてお世話になっておりまして」
「ああ、そう言うことですか…… 」
私が紹介すると、みやこさんは何かを察せられた様子で納得しておられました。
「男らしくて、優しくて、甲斐性があって、紳士で丁寧な対応。そらね」
みやこさんが私の頭と顔を見て、頬に手を当てながらため息を吐かれました。
「ゆっくりしていってください。次が最後の料理です」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、みやこさんが離れて行かれました。
「ママさんと仲がいいんですね」
「えっ?どうなのでしょうか?同年代だと思うので、話しやすいとは思っています」
顔を背けていたユイさんから質問を受けました。
背けていた顔がこちらを戻してくれて良かったです。
やっぱり飲み過ぎなのでしょうか?顔が随分と赤くなっています。
「私はお堅いと言われます」
「えっ?そんなことないと思いますよ」
「そんなことあるんです!
皆さん、私が丁寧に説明しても、【はいはい、もう小難しいことはいいから簡単に説明してよ】と言って、ちゃんと話を聞こうとしません。
親切に無理をしてはダメですよと言っても【俺は自分の実力をわかってんだ。ほっとけよ】と危ないことをして怪我をしてしまいます」
ユイさんもお仕事が大変なんですね。
お酒が入って愚痴が言いたくなるってありますよね。
「顔は可愛いのに、お堅いからあの受付さんは嫌だと言われました。
その後に私はインフォメーションに異動になりました」
確かに美人さんですね。
クレームってどこにでもあるんですね。
ユイさんがインフォメーションに来てくれて私は助かっています。
冒険者について凄く詳しくて助けられていますので。
「ヒデオさんが話しかけてくれるようになって、シズカちゃんや長さん元さんなど。大勢の冒険者さんが、私に挨拶をしてくれるようになりました」
ちゃんと話せば、ユイさんがいい人だと分かりますからね。
「ヒデオさん!ありがとうございます!私を専属に選んでくれて」
酔ったユイさんは可愛いです。
ただ、声が大きいので少しお店に迷惑がかかってしまいますね。
「いえいえ、私の方こそいつもありがとうございます。ユイさん」
「はいはい。ふふ素敵な関係ね」
みやこさんに料理のストップとタクシーをお願いして、水を頼みました。
「だから、私は負けません」
「うん?誰かと戦っているんですか?」
「あなた」
ユイさんが立ち上がって、矢場沢さんを指差しました。
他のお客様がいなくなっていて良かったです。
ユイさん、人を指さしてはいけませんよ。
失礼ですからね。
「負けませんから」
なぜに矢場沢さんに喧嘩を売るのか分かりません。
お願いですから、矢場沢さんにご迷惑をかけてはいけません。
「ユイさん、酔って人を指さしてはダメですよ」
「む〜」
私が腰を掴んで座らせると、水を飲んでウトウトと船を漕ぎ始めました。
「わっ、私も負けません!!!」
いきなり矢場沢さんが叫んで、ユイさんが飛び起きます。
「受けて立ちます」
なぜか二人が宣戦布告をしております。
「はいはい。タクシー来ましたよ。外へどうぞ」
みやこさん、ありがとうございます!!!
私は支払いを済ませて、ユイさんをタクシーに乗せました。
意識はあったので、住所をちゃんと伝えられました。
タクシーの運転手さんには一万円を渡して、お釣りを彼女に渡すように伝えます。
タクシーが発車するのを見送り店へと戻りました。
「色々とご迷惑をおかけしました」
私はみやこさんと矢場沢さんに謝罪をして店を出て行きます。
「阿部さん!」
「矢場沢さん。先ほどは連れが失礼をしました」
「いえ、それは構いません。私、負けませんから!」
「へっ?」
「それだけです。また明日会社で」
「あっ、はい。会社で」
矢場沢さんは店に戻って行かれました。
何が何やら全くわかりません。
ユイさんには、お酒を飲ませないようにしようと誓いました。
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