第57話 杖術 中級

 水野さんに昇格祝いをしてもらった翌日には、仕事が始まりました。

 年始は、他の企業様もあまり仕事なさらないので、昨年から残していた仕事を済ませるだけです。


「矢場沢さん。今年もよろしくお願います。これお土産です」

「ありがとうございます!うわ~有名店の豚まんですよね?美味しいですよね」

「はい。冷凍なんですが、レンジで温めれば美味しく頂けるそうです。冷凍の方が匂いもあまりしないそうです。今回は郵送で昨日の晩に届いたんです」

「ありがとうございます!!!会社で食べるのはさすがにダメですよね?」

「そうですね。三島さんには別のお土産なので、これは矢場沢さん個人への特別です」


 私はいつもお弁当を作ってもらっている矢場沢さんに、個人的なお礼も兼ねました。


 私の大好きな食べ物である豚マンを買ってきました。


 本当に美味しいんです。ただ、匂いが凄いので会社ではさすがに無理です。冷凍庫が会社にあってよかったです。


「私は実家がこっちなので何もなくてすみません」

「全然構いませんよ。いつも矢場沢さんには美味しい物を頂いていますので」

「ふふ、今日はキャラ弁に挑戦しました。ほら」

「うわ~凄いミズモチさんですか?」

「凄いでしょ。結構似てると思うんです」


 ミズモチさんはブルーですが、お弁当は三色そぼろで、ミズモチさんの形を表現されていました。

 お弁当を振るとプルプルとしていそうで、なんだか食べるのが申し訳ない気持ちになりますね。


「あと、豚汁も作ってきました」

「うわ~至れり尽くせりですね」


 出勤初日からなんとも幸せなお弁当に私は幸せを噛みしめております。


 そんな会社も四日働けば日曜日です。


 オーガが現れてからは、ご近所ダンジョンさんにモンスターの出現がありませんでした。

 私は前回のオーガに対して警戒もあったので、散歩するのは入り口付近だけにしました。


 日曜日には冒険者ギルドにやってきました。


「柳先生、お久しぶりです」


 柳先生は相変わらず廊下で立たれていました。


「おぉ?誰じゃお主?」

「私ですよ。数ヶ月前に柳先生に杖術を習った阿部です」

「うん?お前など知らん。帰れ」


 確かにあれから会いに来ていませんでしたから、弟子として無礼だったかもしれません。

 もう少し頻繁に教えを請うために訪れた方がいいかもしれません。


「これを見てください。柳先生に頂いた折りたたみ式の杖です」

「ほわ?う~ん、おお!確かにそれはワシの物じゃ。弟子一人一人にプレゼントしておるからな間違いない」

「先生はお弟子さんがたくさん居るんですね?」

「そうじゃな、万を超えるまでは数えとったが、もうわからん」

「万!!!」


 柳先生はやっぱり凄い人でした。


「それでなんじゃ? 杖術を習ったのじゃろ? ワシになんの用じゃ?」

「それが、前回習った杖術以外にも習うことは出来ないかと思いまして」

「なんじゃ。お前はワシから何を習ったんじゃ?」


 私は少し距離を取り……


 ブッシュ

 フック

 ダウン


 の三つをアクティブスキルで披露しました。


 その方が綺麗な型を見せれると思ったからです。


「なんじゃ、まったくなっとらんな。手には馴染んでおるようじゃが基本が出来ておらん」

「基本ですか?」

「そうじゃ、杖の長さは身長÷2+2~3㎝が適性の長さと言われておる。


 そして杖には格言と言われる物が存在するのじゃ。


 突けば槍

 払えば薙刀

 持たば太刀


 杖はかくにも 外れざりけり


 とな。杖は千変万化の自由な技を使うことができるのじゃよ」


 おお!前回よりも真面な教えを得られそうで、私は姿勢を正しました。


「どれ、実戦で見せてやろう。私に攻撃を仕掛けてきなさい」

「えっ!よろしいのですか?」


 こんなにもヨボヨボなお爺さんに攻撃するなど気が引けます。ですが、前回も身体で覚えましたからね。

 今回も同じということなのでしょう。


「そっ、それでは行きます」


 私はプッシュをするために杖を引いて突き出しました。

 すると、杖の根元を払われてコメカミへ杖が当てられました。


「痛っ!」

「真っ直ぐで良き突きじゃな。じゃが、だからこそ払われて、バランスを崩すと攻撃を受けることになる。相手が剣の場合であれば刃を打つのではなく、刃を避けて打ち払わなければならんぞ」


 確かに、払われると私は一瞬身動きが取れなくなりました。それに剣にも有効であるなら使うところは幅広そうです。


「次じゃ」

「はい」


 今度はフックをしかけて、足払いを狙います。

 しかし、足に杖を当ててガードをした杖が、スベってきて私の顎を打ち上げました。


「グハッ!」


 脳が揺れます……ちょっと舌も噛んでしまいました。


「そのまま受けるのではなく受け流すことを意識せよ。剣では切れてしまうからな、受けるのではなく受け流すことがポイントじゃ」

「受け流し……難しそうですね」


 今回はどちらも動作が一つで終わることなく、相手から攻撃を受けたときの返し技なのですね。確かに今までの私にはなかった技です。


「最後じゃ」

「はい。ダウン」


 私は柳先生の足の甲を狙って、ダウンを使いました。

 決まったと思った瞬間、私の鳩尾に柳先生の杖が突き刺さっていました。

 どこから打たれたのかわからない一撃を不意に打たれたため、息が出来なくなります。


「ガハッ」


 やっと息を吐くことができました。


「見えなかったか?」

「……ハァハァ。はい、見えませんでした」

「うむ。これは杖術の構えの一種じゃ」


 そう言って柳先生は杖の先を隠すように杖を持ち。反対の手も杖の端を持っていました。杖の端と端を持つことで前からも後ろからも杖を持ち替えるような素振りを始めました。


「杖には刃がない。相手に掴まれれば武器としての役目を失ってしまうんじゃ。

 だからこそ、相手に取らせぬような構えを覚えねばならん」


 目から鱗です。

 今まで、ミズモチさんがいたから何とかなっていましたが、確かに言われることはもっともです。杖の弱点と可能性が理解できました。


「ありがとうございます!!!練習を重ねてまいります」

「うむ。また来るがいい」

「ありがとうございました」


 さっそく折りたたみ杖を使って素振りから始めることにしました。


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