第47話 いばらき童子ダンジョン 4
山の遭難は無闇に歩き回るのは得策ではないと聞いたことがあります。
こんなことになるのなら、ハイキングを趣味にしておけば良かったですね。少し散策をしましたが、どこにいるのかわかりませんでした。
「ソイジョイがあるので、夕食にしましょう」
年越しの山の寒さは厳しいのです。
ミズモチさんが大きくなって風避けをしてくれていなければ今頃凍えて居たでしょう。
大きいミズモチさんに守られていると温かくて、とても頼り甲斐がありますね。
「……ええよ。阿部さん食べて」
「そういうわけには」
「ええって、一日ぐらい食べなくても大丈夫やから」
「そうですか?」
「うん」
私はリュックにソイジョイを三本入れています。
三人分を用意していますが、いつ食べ物がなくなるのかわからないので、半分にしてミズモチさんに半分渡しました。
「ミズモチさん。今日はこれだけです」
ダンジョンが魔力に溢れていると言っても、いつも食いしん坊なミズモチさんが、何も食べないのは可哀想です。
「梅田さんもこれだけは食べてください」
私は、半分の半分を梅田さんに渡しました。
「ごめんな……ハァ~阿部さん。私の話を聞いてくれる?」
「もちろんです」
「元々、私とあいつは高校で知り合ったんや。有名なマンモス高やねんで、進学高でスポーツも盛んで、高校野球は甲子園もよく出てる高校やねん」
テレビでよく聞く高校の名前ですね。大阪の甲子園常連校……
「うん。あいつは高校球児で見た目は硬派なくせに、中身はチャラくて……高校三年生のときに猛プッシュされたんや。最初はアホなやつやなって思ったけど、いつの間にか好きになってた。私もチョロいよね」
自嘲気味に笑う。出会いなど人それぞれですが、彼にとって梅田さんが最高の女性だったのでしょうね。
「高校最後に大きい怪我して、野球ができひんくなって、冒険者になってん。それはいいねん。私も素質があったから二人で結構稼げた。いい歳になってきて、結婚の話が出始めたぐらいから、あいつは無茶をするようになって……最後は」
きっと……たくさんの人たちから慰めの言葉はいくらでも聞いてきたのでしょうね。ですが、そんなありふれた言葉は必要がないように思えました。
「いい思い出ばかりですね」
「えっ?」
「二人の出会いや葛藤、一緒に励んだ日々。全部が二人にとって良い思い出に聞こえました」
「そっ、そんなん」
「彼を失って辛かったのでしょう。彼を失った悲しみは、今語ってくださった良い思い出の分だけ悲しくなった。それらは比例しているのでしょうね」
ふと、オーガが近づいてくるのが察知さんに反応しました。
「……そうやねんね」
「はい。生きることも、死ぬことも自由だと思います。
ですが、生きている間はできることが、あるかもしれませんよ。
彼の代わりになる人はいないかもしれない。ですが、彼が見えなかった世界を見ることは代わりにしてあげられるんじゃないですか?」
つい言葉数が多くなりますね。
「彼の代わりに世界を見る?」
「はい。どうせ死ぬなら目一杯世界を楽しんでから死んで、彼に聞かせてあげればいいじゃないですか?生きていれば、こんなにも楽しいんだぞと!たくさん笑って、美味しい物を食べて、綺麗な景色を見に行って、ダンジョンが現われて代わってしまった世界がどのような結末を迎えるのか……」
ハァ~またやってしまいましたね。
若者に長話をしてしまうのは、私の悪い癖なのかもしれません。
「……私、生きててええんかな……」
大粒の涙が溢れ出した梅田さんは、少しだけ私の言葉を聞いてくれたみたいです。
「ええに決まってるじゃないですか……そのためにミズモチさん!」
まだ日は昇っていない。外は寒い。
だけど、来たからには戦わなければいけません。
「無理をさせてばかりですみません」
私は現われたオーガの喉に杖を突き立てました。
「プッシュ!」
「梅田さん。今は立ちましょう。立ってこの場を離れます」
「はっ、はい」
それほど高い山ではないこと、そしてゴルフ場だったことを考慮して、私は地形を意識して歩くことにしました。
遭難したときは動かずにスマホで救援すると聞いたことがありますが、ダンジョン内は圏外です。
ダンジョン内に救助を来てもらうのはとても大変だとニュースで見ました。
ですから出来ることをしましょう。
沢を降りるのではなく、地形を把握してゴルフのコースや小屋を探しました。
「よし、見つけました」
それはクラブハウスと言われる受付がある建物です。
「阿部さん」
「わかっています。いばらき童子と戦うわけではありません。ここまで来れば正規の道に繋がっていると思ったのです」
オーガの数は多い。動けばオーガに当たる。
ですが、その先に出口があるなら行かなければなりません。
「わかった。私に任せてくれへん?」
「えっ?」
今まで無気力に手を引かれてきた梅田さんが、率先して任せろと言いました。
私は疑うような視線を向けてしまいます。
「大丈夫や。阿部さんは絶対に生きて帰らせるって約束したやろ?」
「三人で、です」
「うん。約束や」
梅田さんは私の前にでると、音を消した歩き方で歩き出しました。
私が歩く音も消えて、葉っぱを踏んでも音が出ません。
「これは!」
「消音、シーフのスキルやで」
これなら気付かれないかもしれません。
オーガたちの目を盗んで、身を隠しながら進んでいきます。凄いです。クラブハウスを迂回することに成功しました。見えるゴルフ場の駐車場から道路が見えています。
「やりましたね!」
「いや、ごめん。阿部さん、もう、魔力が限界や」
私とミズモチさんの分も音を消していたので、魔力の限界が早かったのでしょう。
ゴルフ場の駐車場に入ったところで、私たちの消音は解除されて葉っぱを踏む音が響きました。
「「「「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!」」」」
オーガたちが私たちに気付いて叫び声を上げます。
「走りますよ!」
《ミズモチさんはプルプルしながら、はいと言っています》
「はい」
二人の返事を聞いて、私たちは全力で走り始めました。
あと少し!あと少しでダンジョンを脱出できます。
――ドン!!!
それは突然、降ってきました。
黒く太く大きい鬼が目の前います。
「いばらき童子!」
「なっ!」
どうしてダンジョンボスがこんなところにいるんですか?!
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