第40話 オジサンと過ごす昼休み

【side矢場沢薫】


私の家では、シチューはスープとして定番メニューでした。弟と妹がいる私は二人に美味しく野菜を食べてもらう工夫の一つでした。中学の頃には料理を作ることがあり、自分でも料理は得意だったと思ってきました。


だから、ご馳走してくれたお礼にお弁当を作って行くと……


「凄い豪華ですね!オカズにシチューですか?」

「あっ、阿部さんの家ではシチューをスープと思わない派ですか?」

「えっ?シチューがスープ?」

「ふふ、高校のときにシチュー論争ってしました。阿部さんはしたことないですか?」

「シチュー論争ってなんですか?」


世代が違うからかな?シチュー論争しなかったのかな?私が作った料理を本当に美味しそうに笑顔で食べてくれる姿が、なんだか可愛く見えました。

この間まで、肩を落として猫背のオジサンって感じだったのに、髪を剃ってから清潔感が出てきて、背筋も伸びて……仕事をしている姿も格好良く見えるように成ってきた気がするんです。


次の日もお弁当を作ったら、もっと喜んでくれるかな?


「どうか作って頂けるなら食費と手間賃を払わせてください!そして、独身男性である私に矢場沢さんが面倒になるまでお恵みをください!」


お弁当を渡すとジャピング土下座でお願いされました。

物凄く驚いたけど、なんだか面白くて……必死すぎww


「ええ!しっ、仕方ないですね。では、月1万でどうですか?」

「えっ?安すぎませんか?手間賃が入っていないと思います。では、3万でお願いします」

「こういう場合は安い方が嬉しいと思うんですが?」

「いえいえ、価値ある物にはお金を惜しまない!私の信念です!」

「変な信念ですね。わかりました。では、2万で平日、私が作りたいときだけ作ってあげます」

「ヤッター!!!」


ふふ、そんなに喜ぶことかな?仕事の日は毎日、阿部さんにお弁当を作って上げることにしました。

自分の分を作るついでですよ。それからはランチを一緒に過ごすようになりました。

そんな日々はなんだか楽しくて、仕事の話やミズモチさんの話を聞いていると、すぐにランチの時間が終わってしまうんです。


こんなことって、初めてだな。


いつも誰かに気を遣って……疲れていたのに……阿部さんと居ると全然疲れなくて……むしろ……


「あんたそれ、恋じゃないの?」


焼き鳥屋トリスキは、私の古い友人である平田ユウリちゃんが女将さんをしています。店主さんに惚れて口説き落としたそうです。

今では結婚して仕事の手伝いをしています。私も行きつけとしてよく相談をするために食べに来ています。


「恋?あのオジサンと?う~ん、なんか違うような気がするんだけど。見ていて面白いかな?」

「まぁ歳が一回りも違うからね。恋なのかは私もわからないけど」


恋と言われてもピンと来ません。

この年になって恋?するのかもしれませんが、もう何年もドキドキしていないのでわかりません。


そんな日々が続いていくと、ドキドキはなくても安心感を感じる自分には気付きました。

年末に差し掛かり、仕事の追い込み時期。

いつも阿部さんが一人で仕事を抱え込むので、私は手伝うために仕事に集中していると、いつの間にか終電近くになってしまっていました。


急いで走れば間に合うかもしれませんが……


「これからお帰りになるんですか?」

「それが実は……」

「???」


外は凄く吹雪いているので、駅まで走るのもめんどうな状態でした。


「実は、飲み屋を予約しています」

「えっ?こんな時間にやっている店があるんですか?」

「それが、深夜から営業を開始するおでん屋さんがあるです。おでんとモツ鍋を提供していて、そこでお酒を飲んで会社に戻ってきて寝るつもりでした」

「あの!私もご一緒してもいいですか?」

「えっ?おでん屋さんにですか?」

「はい。阿部さんの行きつけの店に行ってみたいです」


会社でお酒を一緒に飲めればいいかなって思っていたので、私は阿部さんの周到さに関心してしまいました。


「わかりました。三島さんが帰ってしまいましたが、忘年会と行きましょうか?」

「はい!」


外に出ると風が強くて視界も悪く、不安な私の前に阿部さんがそっと風よけになってくれました。私は阿部さんの腕を掴んで……一緒に歩きました。


腕を持っているところが熱く感じて、なんだか凄く安心できるんです。


連れて行ってもらったおでん屋さんは本当においしくて、ついつい飲み過ぎてしまいました。

阿部さんがタクシーを呼んでくれて……もしかしたら私お持ち帰りされるのかな?意識は朦朧としながら……もしも、阿部さんが私を求めるなら……


酔いが覚めてから、普通に家に送ってもらいました。


「それって、脈なし?それともありなの?」


ユウリの言葉に私もどっちなのか不明としか言えません。だって、いい歳した男性ですよ?私もいい歳をしているので、そんな二人が一つ屋根の下で、しかも私は酔って男性の家にお持ち帰りされたのに……紳士過ぎるでしょ。


「よし。一回ここに連れてこい!私が見定めてやる!」

「え~!!!」

「あんたも奥手なのに、向こうも奥手じゃ進まないじゃん。私が背中をおしてやる!」

「まっ、まぁ機会があれば」


そう言っていたら、仕事の締めの日に二人にきりになることが出来たので思い切って誘うことにしました。


「いいですね!」


阿部さんが快く応じてくれたので、私はユウリに阿部さんを紹介することにしました。

ユウリがからかうように二人の中を茶化してきて、後押し?をしようとしてくれました。

阿部さんはそれに対して真摯に私への感謝を伝えて来られました。


「いえ、私は本当に矢場沢さんと過ごす時間が楽しいと思っていますよ。いつもありがとうございます!!!」


そっ、そんなに丁寧にお礼を言って褒めないでください!!!恥ずかしい!!!


ユウリがニヤニヤとした顔でこっちを見ています。


「阿部さんってさ」

「ユウリ!ハウス!」


これ以上余計なことは言わせません!!!結局それからは恥ずかしくて、あまり話せなくて、焼き鳥とお酒を飲んでも味がわかりません。

隠れて阿部さんがお金を払おうとしていたのを、ユウリに協力してもらって阻止しました。


「阿部さん!」


もしかしたら、この後も……振り返る阿部さんに私は誘うことが出来ませんでした。


「良いお年を」

「はい。矢場沢さんも良いお年を」


そう言って帰って行く阿部さんの背中を見つめました。


「あれだね……紳士というよりも、超鈍感?自分なんて女子に相手にされるはずないって思っているタイプだね……あんた自分からいかないと絶対無理だよ。私を見習いな」


ユウリが店を指さして店主さんを落としたときのことを言っています。


「うん」

「ハァ~カオリ。あんた一度自分の顔を鏡で見た方がいいよ。物凄く……」


ユウリが何かを言いかけてやめてしまいました。


だけど、今の私は……阿部さんからもらったお礼で胸がいっぱいです。

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