第10話 ちょっとおかしなオジサン
【Side矢場沢薫】
私の名前は
ブラック商事に事務員として雇われており、週休二日で、有給休暇もあり、仕事内容は大変だけどやりがいはあると思っています。
それでも、うちの会社は所謂ブラック企業に間違いなく。突然の残業は当たり前、休日出勤や納期がギリギリでお客様からのクレームも多い。
給料も普通のOLよりも少ないので、良い会社ではありませんね。
だけど、少しばかり人と接するのが苦手な私としては働きやすい環境なのです。
忙しくしている間は、ほとんど人と話をしなくていいので気が楽です。
前は銀行で勤めていたのですが、派閥争いや、受付業務をしている際のお客様対応など……人間関係で色々あって嫌になってしまいました。
これでも良い年なので、恋愛経験もあり、プロポーズをされたこともあります。
だけど、人生とはタイミングなのですね。
その機会を逃すと、もうタイミングはやってきません。
それに私自身が、対人を拒否するように見た目を普通のメイクではなくしてしまいました。
うちの業務は私に合っているので、助かります。
事務業務と電話対応だけで、対面で話すことがありません。それで給料が貰えるのはありがたいです。
今の会社は私にとってラクでいい。
それに仕事をしていれば同僚との面倒な会話もしなくていい。
人間関係ほど面倒なことはないと私は思っているのです。
ただ、同僚と言っても自分より、一回り上の男性と、二回り上の女性なので、ほとんど話すこともありません。
そうやって人間関係を遮断した生活を送っていた私なのですが……最近気になることができました。
それは、先ほど同僚として話した一回り上の男性のことです。
名前を阿部秀雄さん、確か40歳になったばかりのはずです。
事務の主任をしてくれています。
見た目は目の下にクマを作り、痩せ形で猫背。
覇気の無い雰囲気の中年男性という印象でした。
事務仕事の能力は高く。
経理なども担当されていて、領収書の束を数分で片付けてしまう姿は圧巻です。
少し陰があり、悲壮感と言えばいいのか、まぁ近づきたい人ではありませんでした。
それが一ヶ月ほど前からちょっとおかしい行動をするようになりました。
急に呆然としたと思えば、ニヤニヤと笑い出したり、急に深刻に考え事を始めたり……気になるというよりも目について仕事に集中できません。
極めつけは、なんと頭を丸めて出社してきたのです。
完全に全ソリです。
確かに今までも波平さんカットではありましたが、オジサンなんてそんな者だと私は思って気にもしていませんでした。
ですが、さすがに何かあるんじゃないかと心配になってきました。
本当に良いことがあり、恋愛や結婚ならまぁ良いのですが、あまりにも奇行が続けば、こちらの精神が持ちません。
私はこの職場がラクでいいのに、変なオジサンに掻き乱されたくはないのです。
「あの、阿部さん。一緒にご飯食べませんか?」
「へっ?」
「あっ、いえ、なんだか最近は色々と頑張っていらっしゃるのかなと……」
我慢できなくなった私はお昼を共にして、話を聞いてみることにしました。
側で食事をしていて気づいたのですが、一ヶ月前よりも顔色が良い気がします。
目の下にあったクマがなくなり、猫背だった身体も背筋が伸びていて、意外に身長が高いことに気づきました。
それに髪の毛がなくなったお陰なのか、顔がスッキリとして清潔感を感じます。
何よりも、オジサン特有の加齢臭がしません。
少しお風呂に入っているのか疑いたくなる匂いがたまにしていたのに、不快感を感じません。
「はい。よければ一緒に食べましょう」
快く受けてくれた阿部さんは前に見た気持ち悪い笑みではなく、どこか爽やかな印象を受けます。
「はい」
何を話したら良いのかわからなくて、無言のままお弁当を食べ終えてしまいました。
阿部さんが温かいお茶を入れてくれたので、ホッと息を吐いて……私は決意を固めました。
「阿部さん。最近……何かありました?」
私が問いかけると、阿部さんは観念した犯人のようにホッと息を吐かれました。
「ちょっとしたことがありまして」
「前に良いことがあったと言っていたことですか?彼女でも?」
嫌な雰囲気ではなかったので、私はさらに踏み込んで問いかけました。
もう止めるつもりはありません。
「いえいえ、彼女とかではなくて、ペットを飼いだしたんです」
「ペットですか?」
「はい。それが……実はスライムなんです」
「えっ?スライム?あの魔物の?」
「はい。あの魔物の……実は一ヶ月前の土曜日」
スライムは私でも知っているポピュラーな魔物です。
ダンジョンが世界各地で発見されて、魔物が同時期に見つかったのは数年前です。
最近はSNSなどで、ダンジョンへ挑戦する冒険者のnewtubeが人気になっていて、若者のなりたい仕事第一位になるほどだとニュースでやっていました。
そんなスライムを飼いだした阿部さんは、凄く生き生きとしていて、スライムの愛らしさについて延々と語っていました。
その顔が面白くて、つい私も笑ってしまいました。
「ふふ、阿部さん本当にミズモチさんが好きなんですね」
「はい。まだ一ヶ月ほどなのですが、大切な家族です」
「ゴブリンの話は怖かったですが、阿部さんが元気ならよかったです」
意外にも阿部さんはゴブリンと戦って、本当に冒険者のようなことを体験されていました。
「はは、心配をかけてしまいましたね」
「正直に言うと……変な宗教とか、女性に貢ぎだしてヤバい人たちに何か要求されて無理をしているのかなって思ったんです」
ついつい口が過ぎてしまいましたが、阿部さんは笑って大丈夫ですと言ってくれました。
「大丈夫ですよ。スライム教には入信しても良いかもしれませんが」
「ふふ、そう言えるなら大丈夫ですね」
阿部さんは話してみると面白い人で、少しだけ職場に行くのが苦にならなくなりました。
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