第4話 矢場沢さん

 私はブラック商事の事務員として仕事をしているのですが、その業務の一つに経理業務があります。

 普通は経理が担当するのですが、事務仕事はまとめてしろという意味のわからない理不尽な要求によって、私が事務の片手間で経理業務をしています。


 ブラック商事は外資系の物流業務を主に行うのですが、営業が持ってくる経費やら領収書の整理をしながら事務仕事をしなければいけないため仕事量が半端ないのです。


 同じく事務をしている女子社員が二人いるのですが、一人は50過ぎた年上の女性で……正直、仕事をしません。


 いや、言い方が悪かったです。


 うちの会社にはショールームという展示スペースがあり、そこの受付をしてくれています。来客数的には一ヶ月に10名ほどです。


 ……事務仕事……手伝う時間ありますよね?


 もう一人は元銀行員の若い女性です。

 年齢は……多分20代前半?だと思います。


 ですが、銀行で色々あったそうで、やさぐれてしまって、今ではギャルメイク?をして仕事に来られています。

 事務仕事は真面目にしてくれるのですが……話しかけ辛い……苦手です。


「阿部さん」


 珍しくギャルメイクの矢場沢さんから話しかけてきました。


「はっ、はい。なんですか?」

「これなんですけど」


 そう言って見せられた領収書は、50代のオバサンが紛れ込ませたお菓子の領収書です。ハァ~こういうことは言いたくないのものですからね。

 ですが、矢場沢さんに任せるのも気が引けますので、私が言うしかありませんね。


「見つけてくれてありがとうございます。私の方から言っておきますね」

「はい……阿部さん。何かいいことありましたか?」


 矢場沢さんはギャルメイクをしているのですが、口調は丁寧ですし、仕事もちゃんとしてくれるので良い子だと思います。


 話しかけるのは苦手ですが、話しかけられて嫌な気分にはなりません。


「ふふ、分かりますか?」


 私はミズモチさんのことを思い出して少し笑ってしまいました。


「えっ! キモっ」


 ショックです!若い女の子にキモいと言われてしまいました。泣いても良いでしょうか?


「あっ、すいません。ちょっと……笑い方が苦手だったので……すいません」

「あっ、いえ、こちらこそキモく笑ってすいません」


 なんで私が謝らなくちゃいけないんですか……泣きたいぐらいです。


「いえ、良いことあってよかったですね」


 矢場沢さんは私が謝ると笑ってくれました。

 笑うと可愛いのですね……見た目で判断していてすみません。


「はい!良いことがあると仕事も頑張れるので、今日も頑張りますよ!」

「よろしくお願いします」


 珍しく矢場沢さんと話が盛り上がったお陰でしょうか?気持ちが軽いです。

 ミズモチさんの御利益でしょうか?矢場沢さんが話しかけたいと思ってくれました。


 今日は仕事でも良いことがあったので、気分上々で家に帰ってきました。


「ミズモチさん。ただいまです。今日は良いことがあったんですよ」


 そういって私はミズモチさんに話しかけながら部屋に入るとミズモチさんが縮んでいました!


「なっ、どうしてまた小さくなっているんですか? 今日出かけるときは、人をダメにするクッションぐらい大きかったのに!」


 初めて出会ったときぐらいまで小さくなったミズモチさん。

 やっぱりミズモチさんがしっくりな姿になったことに驚いた私はすぐさまアンジュさんに助けを求めました。


「スライムが調子を悪くなったら……何々、魔物には魔力が必要です???どういうことでしょうか?」


 スライムの飼い方をブログでまとめてくているアンジュさんの記事を読むと……どうやら魔物と呼ばれる存在たちは、ダンジョンや魔力が豊富にあるパワースポットにいなければ自身の体内にある魔力を消費してしまうそうです。


 そのため魔力を定期的に吸収しなければ、すぐに死んでしまう……


「こっ、これはつまりミズモチさんをダンジョンに連れて行ってあげなければ死んでしまうということでしょうか?ミズモチさんが死んでしまうのは嫌です!しかし、私がダンジョンに入っても……危ないのではないでしょうか?」


 不安が気持ちを支配して恐怖が湧いてきました。

 ふと、テーブルに置かれた冊子が視界に入りました。


「冒険者初心者のススメ?」


 冊子の名前を見て、読んでみようという気になりました。


 冒険者とは

 冒険者のランク制度

 ダンジョンの種類

 初心者装備一覧

 ダンジョンから取れるアイテム


 本当に冒険者としての基本が書かれた内容に私は役に立つことはないかと読みあさって、一文を見つけました。


「ボスモンスターが一匹しかいないダンジョン?」


 特殊ダンジョンと書かれた項目に、入ってもボスしかいないので戦闘が無く、いつでも脱出が出来ると記載されていました。


「ここなら私でも行けますかね?」


 掌サイズのミズモチさん。


 この状態が弱っている状態であるなら、私は早く元気にしてあげたい。


「よし、ミズモチさん。必ずあなたを元気にしてみせますよ」


 私は一大決心して、ミズモチさんをダンジョンへ連れて行く決心をしました。


 リュックへミズモチさんを入れて、スーパーカブ発進です。


 特殊ダンジョンに目が止まったのは、家から近かったことが要因の一つです。

 夜でも、近くなら行ける!そう思ったのです。


「こんなところにダンジョンがあったのですね。ここなら散歩にいいかもしれませんね」


 誰もいないダンジョンは人気が無いのでしょうか?


 ダンジョンと言うよりも大きな洞窟?岩場に穴が空いていて、一番奥まで行くと大きな扉があるのです。そこまで行って帰ってくる。

 はい。本当に散歩です。ですが、それだけでミズモチさんが柴犬ぐらいの大きさにまで大きくなりました。


「おお!ミズモチさん元気になられましたか!私は嬉しいですよ!!!」


 私はミズモチさんを抱きしめました。

 プルプルとミズモチさんも喜んでくれているようで、二人で喜びを分かち合いました。


「私も運動不足でしたからね。ここなら近いですし、散歩ついでに毎日来ることにしましょう」


 私の言葉が嬉しかったのか、ミズモチさんがプルプル震えて喜んでくれました。


「ふふ、ミズモチさんと出会ってからは良いことばかりです。気持ちが上がって、ご飯も食べて、散歩までしてありがとうございます」


 お礼を告げるとミズモチさんがアクティブに胸に飛び込んできてくれました。

 抱っこしてあげると、ミズモチさんがプルプルしています。


 猫がグルグル言うような感じでしょうか?また一つ思い出ができましたね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る