第4話:二人で過ごすクリスマス・イヴ。

「メリークリスマース!」

「メリークリスマース! いぇーい!」


 パァン、パァンと部屋に二つの音が響く。

 私と朱莉が鳴らしたクラッカーの音だ。


 今日はクリスマス・イヴ。

 しかし予定などあるはずもなく、せっかくなのでこうして形ばかりのパーティをしている。

 参加者は当然、私と朱莉の二人だけだ。


 恋人? なにそれ。

 クリスマスっていうのは本来、家族で過ごす日のはずだ。

 だからむしろ私たちの方が正しいはず。

 家族じゃないけど、ルームシェア友達なんて半分くらい家族みたいなもんでしょ。


「さ、今日は飲もう飲もう」


 朱莉がシャンパングラスに、ゴールドの液体を遠慮なく注いでいく。

 シュワリと弾ける炭酸が、そこはかとなく飲酒欲をそそる。


「シャンパンかー。一年でこの日くらいしか飲まないよね」

「だよね。なんならこれ、スパークリングワインじゃなくて、ちゃんとシャンパンだから」

「どう違うの?」

「知らなーい。産地とか製法とか?」

「適当かよー」

「いいじゃん別に」

「いいけど」


 胸を張って『シャンパンだから』なんていうもんだから、てっきりなにかこだわりでもあるのかと思ったら、どうやら違ったらしい。

 そういうところが朱莉っぽいって感じするんだよなー。


 けれどこういう特別な日に、そういう特別感を出すのって大切だと思う。

 それだけで気分が高揚するし、楽しさが増す。


「さ、いいからいいから。じゃあ今年も一年、お疲れ様でしたー。かんぱーい!」

「なんか忘年会も混じってるし。――かんぱーい!」


 コツン、と軽くグラスをぶつけ、一気に煽る。

 ビールより飲みやすいくせにアルコール度数はそこそこ高いもんだから、すぐに身体がふわふわと宙へ浮いたような気分になって心地いい。


 のどを潤したところで、次は食べ物に目が移る。

 今年はたまたま土曜だったため、早い時間から用意することが出来た。

 ローストビーフ、キッシュ、生ハム、サラダ、クリームチーズ&クラッカー、ポタージュetcetc……。

 そんな料理が大量に、所狭しと並んでいる。


 絶対作りすぎたな、明日もこれ食べることになるんだろうな、と思いつつ、それもアリだと思えてくるくらいには楽しい。

 そう思いつつ、クラッカーにバリッと噛みついたところで、朱莉がしみじみと言った。


「そういえば去年も二人だったよね」

「そうだね」と頷き「去年はオードブル買ってくるくらいだったけど」と付け加える。

「確かに。そう思えば、今年は頑張った?」

「頑張った頑張った。私ら、偉い」


 あはは、と二人揃って笑う。

 が、どこか朱莉の表情に少し翳りがあるように感じる。

 気のせいかもしれないという程度だけど、なんとなく気になった。


「どした?」

「んー、いや、なんでも」

「いやいや。普通に気になるから。さあさあ、隠さずに言った言った」


 私が促すと、朱莉は躊躇しているようだったが、おずおずと口を開いた。


「小枝は別に、私に気を使わなくてもいいからね?」

「ん? なんのこと?」

「ほら、前に私、『小枝のこと好き』って言ったでしょ?」

「言ったね」

「だからもしそのことを気にして二人で過ごしてるんだったら悪いなーって思って。もし誰かと予定出来そうだったら、そっち優先していいよ?」


 朱莉の物言いに「いやいや、それ今になって言う?」と私は笑った。


「そんなの朱莉に言われるまでもなくそうするよ。前も言ったけど、私、女に興味ないから」

「だ、だよね」


 ほっとしつつも朱莉は複雑そうな顔だ。

 それを見て、私は続けた。


「けどそんなの関係なしに、もし誰かに誘われてもきっと断ってたよ。そういう意味じゃなくても、朱莉以上に一緒に過ごしたい人なんて今はいないもん」

「小枝……」


 なんだか、じんときてそうな雰囲気の朱莉に「ちょっと待ってて」と言い残して自室へと行き、とある物を持って戻ってくる。

 そしてそれを「ほら」と手渡した。


「これは?」

「あげる。たいしたものじゃないけど、せっかくのクリスマスだし、みたいな?」

「ありがとう……あ、開けてもいい!?」


 ハッとした朱莉が、食い気味に言った。


「お好きに」


 私が告げると、朱莉は待ちきれないとばかりに早々と包装を開け、中身を取り出した。

 そして「わぁっ」と大袈裟な声をあげる。


「スノードーム? 綺麗……」

「でしょ? たまたま雑貨屋で見つけたんだ。なんと一点物らしいよ」


 ほぉー……と光にかざしつつそれを見つめていた朱莉は、やがて大切なものを抱くように手の中に納めると、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう! 大切にする!」

「……うん」


 それだけ喜んでもらえたなら、私もわざわざ選んだかいがあるってもんだ。

 何がいいか迷って、あちこち探し回ってよかった。

 今年はいいクリスマスになったな。

 そう思いつつ、開いたグラスにシャンパンを注いで、再び呷った。


 ――ちなみに。

 朱莉からのプレゼントは、バスボムだった。

 毎年もそんな感じだったし、今年はあんなことがあったもんだから特に負担に思われないようにと消え物にしたらしく、頻りに謝られた。

 他に何か買ってくるから! と勇む朱莉を止めるのには実に苦労することになった。

 とりあえずこのバスボムは、年末進行で疲れた身体を癒すために、大切に使わせてもらおうと思う。

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