最終章 7-1


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 王国の建国百周年を記念する式典を後にした私は、ホーリーデイ家の嫡子とともに霊峰タカチホへの御幸ごこうに出発した。


 最初の娘から数えて五代目、今回もまた女人にょにんである。加えて目立った魔法の才もなく、おそらくはシュンプ平野を越えることはないだろう。


 お姉ちゃんの水の地姫ちぎでも、アーカーシャの空の天人てんじんでもなく、どうしてこう皆同じように育ってしまうのか。


 ひょっとすると、両者の力が打ち消し合って、マイナとの親和性が著しく損なわれているのかも知れない。それに生まれてくるのが女児ばかりなのも腑に落ちない。果たして、いつになったら私の仇は現れるというのだろうか。


 思わず顔をしかめる私に対し、隣を歩く彼女が屈託のない笑顔を向けてくる。それに当てられるように私もまた頬を緩めると、脳天気な陪従者ばいじゅうしゃの脇腹をくすぐるように突いてやった。


 封禅ほうぜんの儀により高純度のマイナを吸収し、二十年ほど掛けて魔法として発現する。それは膨大な量であり、数々の奇跡が人々に恩恵をもたらし、天人てんじん地姫ちぎの名を不動のものとしていった。


 うに皇帝も国王も座長も崩御し、当時の私を知る者はもういない。たまに隼人ハヤトの里にも顔を出すが、代替わりが激しくて誰が誰の子なのかもよく分からない。


 私の身体は相変わらずで、これが不老ではなく不死であることに気付いてからもう随分と経つ。或いは長寿なのかも知れないが、流石さすがに百年も五歳の姿のままでは、事情を知らぬ者からは奇異の目で見られるどころの話ではないだろう。


 しかし、いま彼女に苦悶の表情をさせている私は、外見上は同じくらいの歳の処子しょしである。それはこの百年の間に私が編み出した独自魔法『胡蝶邯鄲ヴィニャーナ』によるものだ。


 この魔法は対象の外装を形成し、周囲の魔力を吸収しながら成長する生きた幻……謂わば、共生型魔法生物と呼ぶべき代物であった。


 私はこれを自らに行使することで、彼女と親愛を育む幼馴染を演じてきた。いや、実際に掛けてみて分かったのだが、この魔法は外見だけでなく内面にまで作用し、術者を含む周囲の記憶や認識すらも改変させてしまう効果を持っていた。


 故に、私にとって彼女と過ごした日々もまた真実なのだ。決してお姉ちゃんとの思い出や復讐の炎が消えた訳ではない。しかし、それだけで百年間を維持するには、肉体よりも精神の方が先に限界を迎えていた。


 この魔法によって、私はお姉ちゃんの妹である自分と、彼女たちの幼馴染である自分を使い分けてきた。また、成長途上では過去の記憶が混濁することがあるため、一部を継承していると誤魔化してきた。


 そして、封禅の儀の度に新たに魔法を掛け直し、彼女たちが子を産み、育てるのを影で見守りながら、機を見て出会いと再会を繰り返してきた。


 やはり彼女とはキノ領都ヘグリを出た後、シュンプ平野の手前で別れることとなった。


 彼女はしきりに謝罪の言葉を口にし、目には大粒の涙を浮かべていたが、私としても無理をさせて命を落とすようなことは何としても避けねばならなかった。


 それでも、淋しくないと言ったら嘘になる。もはや恒例ともなった瞬間だが、決して慣れるものではない。きっとこれからもそうであろう。


 その後、失意の彼女をキノ家の公子が王都まで送り届けた。それを切っ掛けとして二人の間には愛が芽生え、やがて可愛らしい女児が生まれた。そして、封禅の儀を済ませた私は、またその娘と新しい時を過ごすのであった。

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