第三章 9-2


 一時の中断を挟んだ結集けつじゅうは、やがてダイバ老師の捕縛と拘引こういんの後に再開された。


 しかし、老師の不正が次々と白日の下に晒されると、出席者からは新座長の選任は時期尚早であるとの声が上がり、代わりに満場一致でアナン老師が座長代理に就任した。


 後日、ミストリアの回復魔法によりカショウ老師の容態は安定するが、ダイバ老師の造反の責を取り、正式に座長を辞任する運びとなる。


 彼女には一つの疑問があった。それは、幻術により天人地姫に成り済ましていた男が、なぜ魔法を掛け直さなかったのかということである。


 自身の目に届く範囲内であれば再び消去することは可能だが、逃走して視界から消えた後はその限りではなく、誰かにふんして逃げおおせてしまえば、事態の収拾は困難なものとなっていたことだろう。


「幻術はの幻術には対抗できないわ」


 そんな彼女の疑問は、ミストリアによって呆気なく氷解してしまう。一切皆空アッシュ・トゥ・アッシュが男の幻術を消去した瞬間、即座にミストリアが新たな幻術を掛け直していたのだ。


 それは男の素顔と寸分違わぬものであり、力量差によって上書きすることが出来なかったという訳だ。種を明かされてしまえば実に単純明快であり、つくづくミストリアの手際の良さと抜け目の無さには驚かされる。


 いつの間にか、彼女は左頬に指をわせていた。そこにはもう何のすじも触ることはなく、ただ滑らかに流れていくだけである。


 未だ事件の余韻が冷めやらぬ精舎しょうじゃを後にして、イクシュヴァーク家に帰還した彼女たちをラーマとシータが出迎える。既に計略の成就は伝わっているようで、その表情はいつか見た青空のように晴れやかなものであった。


 彼女には二人に言わねばならないことがあった。一方的に誤解されたとはいえ、自分もまた偽者であるのだ。しかし、シータはそんな彼女の告解こくかいを遮り、深々と頭を下げる。


「天人地姫でなくとも、あなたは私たちの、そして教国の恩人です。いつか必ず、この大恩に報いることを誓います」


 彼女はシータを見つめた。お礼を言いたいのはこちらの方だ。初めはちょっと色々あったけど、その出会いが自分を成長させてくれた。


 それに、天人地姫の名誉を守るのはホーリーデイ家の務めなのだ。それを全う出来たのは、皆が協力してくれたおかげでもある。


 自身の家名に恥じぬ行いができ、感無量となってほうける彼女に、ラーマが脳天気な表情を浮かべながら問いを投げ掛けてきた。


「ところで、いったいどこのどちら様なんスか?」


 彼女が虚を突かれたように目を丸くすると、かさずシータが後ろから頭をはたく。やがて沸き起こった哄笑きょうしょうは、暮れなずむ教都の街並みにいつまでも木霊していた……。

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