第三章 9-1


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「これより結集けつじゅうを開会する。先立って御言葉を賜るゆえ、御一同、威儀いぎを正されよ」


 教都中央部には、シャーキヤが創建したとされる歴史的建造物がある。かつて人々に教義を説き、弟子たちと共に修行に精進したそこは精舎しょうじゃと呼ばれていた。


 時代が移り変わるに連れて、より大きく、より壮麗な寺院が建立こんりゅうされていったが、教徒の精神的な支柱、心の拠り所となる場所は不変であった。


 その精舎に今、高僧やクシャトリヤが一堂に会していた。今回の主題は後任の座長の選定であり、既に結果は見えているのだが、皆どこか浮き足立ったように場内は騒然としていた。


 それも無理からぬことであろう。この場に集った者たちの本懐、それは天人てんじん地姫ちぎの御姿を拝することに他ならないからだ。


 王国から封禅ほうぜんの儀の執り行いが通達されたのは半年ほど前のことである。しかし、教都に着御ちゃくぎょあそばされたと聞いたときには、多くの者がその耳を疑った。


 教国は国是こくぜとして天人地姫を信奉する国家であるが、仮寓かぐうとなる王国からは遠く離れており、御幸ごこうに懸ける熱情は他国の比ではない。


 それだけに天人地姫の動向は一大関心事であったのだが、待てど暮らせどケンモン関からの報告はなく、既に教都に御座おわしていたことはまさに寝耳に水であった。


 故に、それが真実であると知れ渡ったとき、誰もがダイバ老師に深奥しんおうなる感謝を捧げていた。


 過去には拝謁を賜ることなく、霊峰タカチホに御入山あそばされたこともあり、その年の教国民の落胆ぶりたるや、今でも悪夢として語り継がれているほどである。


 そして、殊勲者たる老師の先導のもと、壇上に白紋はくもんの神官衣に包まれた御姿があらわになったとき、場内は水を打ったように静寂となった。誰もが息を呑み、御言葉の一字一句を漏らさぬように全神経を集中させていた。


「いと信心深き教国の民よ。今後とも、我がちょうさいたるダイバ老師とともに歩ま……」


 その瞬間、御姿が目も眩むような激しい光に包まれた。その神聖なる光景を目の当たりにして、誰もが礼賛らいさんと感嘆の声を漏らす中、次第に収まる光とともに視界が元へと直る。だが、そこに浮かび上がったものは神秘ではなく、混沌であった。


 壇上には男がいた。見慣れぬ年若き男だ。身に付けているものは神官衣であり、それは先ほどのものと酷似していた。


 その男は動揺した様子で何かを繰り返し唱えていたが、それ以上は何らの変化も起こることはなく、次には脱兎だっとの如く壇上から飛び出していった。


 誰もが目前の光景を受認できずにいた。やがて、騒然とした場内からは老師に説明を求める声が噴出した。しかし、緋色ひいろの法衣を纏った高僧もまた、事態を把握できてはいないようであった。


 そのとき、顎髭あごひげを貯えた精悍なクシャトリヤが先ほど逃げた男を捕まえて戻ってきた。そして、その男の口から真実が語られたとき、場内は大地を引き裂かんばかりの怒号に支配された。


「騙されているのは貴様らの方だ! あれは断じて、我らヌーナの地姫などではない!」


 狂気を孕んだダイバ老師の叫声きょうせいも、たけり立つ人々の喚声かんせいに掻き消される。誰も禁忌を犯した咎人とがびとに耳を貸す者などはいない。唯一人、柱の陰に佇む漆黒の少女を除いては……。

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