第13話 二度目のダンジョン挑戦

 朝起きると身体中が痛い。

 しばらく運動していなかったツケってやつだ。


 でも、今日も朝からダンジョンに挑む約束をしていたので、このままベッドに沈んでいるわけにもいかない。


 重い体を起こしてリビングに向かうと、朝食中の弟が飛び跳ねるほどビックリしていた。肩まで伸ばした黒髪がブワッとなって、目が点状態だ。弟の名前はフレド。歳は十四歳だ。


「に、兄さん!? どうしたの? こんな朝早くに起きるなんて」

「ん? あー、ちょっと用事があるんだ。ほら、昨日フィアが帰ってきただろ」


 ダンジョンのことは秘密と言われていたので、適当に遊ぶ用事があるとか、そんな話をする。弟は歳こそ二つしか違わないが、体が小さく実年齢よりも幼く見えてしまう。病弱な体だから運動は大の苦手だが、勉強は村でもかなりできるほうだ。


 そういうところが、俺と正反対。俺はちっとも勉強ができないしやらないが、弟は勤勉かつ努力家。差が開いてくるんですよこういうのって!


 運動バカの兄貴と、優秀な頭脳を持った弟。レオの村で俺たち兄弟はそんなイメージを持たれていた(っていうか事実だけど)。


 兄としては情けない限りだが、とにかく叶わないものはしょうがないと割りきった。でも、なんか知らないけれどフレドは、こんな兄貴に優しい。


「そうなんだね。フィアさんって晴れて聖女になれたんだよね? すっごいなぁ! 兄さんも、そろそろ冒険者目指してみたら?」

「俺が? いやいや。なれっこないって」

「そんなことないよ。だって兄さんは、」

「あ! 悪い! 遅刻しそうだ」


 俺は弟の話を適当に流しつつ、朝食をパパッと済ませて家を出る。何もしなくなった俺を、いつもフレドはどこかに連れ出そうとする。でも体が弱いせいか、遠出をしたくてもすることができない。だから結局は、レオの村から出られないでいた。


 誰しもがある程度の歳になると、夢を求めて村を出る。もっと大きな世界へ、もっと素晴らしい自分になるために。


 俺はディランに負けてから、せいぜいが隣町に剣を習いにいくのが精一杯だった。だから、夢を求めて前に進む人達が眩しくてしょうがない。


 フィアなんてその代表格じゃないかな。最初こそ嫌だったと思うけど、時が経てば考え方が変わるっていうか。俺はどこか寂しい気持ちを抱えながらも、弟や両親の前では平静を装い、聖女となった幼馴染のもとへと向かった。


 普通は会いにいくなら家のベルを鳴らすところだけど、俺はぐるりと庭を回るように、屋敷の裏側にある森へと足を運ぶ。


「あ! ジークー! おはよ」


 秘密の砦で待っていたフィアは、元気よく頭上にあげた右手をぶんぶん振っている。こうして見ると、子供の頃と変わってないような気がしてきた。そして今日は聖女らしく、白くて背が高い帽子も被っていた。


「おはよう! っていうか、なんで森で待ち合わせなんだ?」

「うん。父様と母様がね、ちょっとね」


 少しだけ気まずそうに俯く彼女をみて、大体の事情は察した。あの人達はきっと、俺がフィアと会うこと自体反対なんだろう。剣聖と結ばれ人生を成り上がり続けてもらうためには、変な虫がつくことは断じて許されない。そんなところじゃないかな。


「と、とにかく! 早く昨日の続きしましょっ」


 俺は苦笑しつつ頷いた。彼女は前回と全く同じ仕草をしつつ、同じようにダンジョンの召喚を行う。視界が煌めき大地が揺れ、あっという間にダンジョンが出現していた。


「それにしても、迫力すげえ」

「ねー。そうそう! 今日はね、ちょっとした攻略法を思いついたの」


 ふふん、と得意げに胸を張るフィアと一緒に、俺はまたダンジョンへと入っていった。当然といえば当然だが、中の様子は昨日と違いはなく、人の頭をおかしくしそうなくらい、全体的に白で溢れている。


「あの迷路って、要するに目印をつけても動かしちゃうじゃん。いっそ壁を壊しちゃおうよ」

「壁を壊す……かー。いやいや! ちょっと待て。無理だって」

「大丈夫大丈夫! 私、一つイケてる攻撃魔法知ってるんだ。それでドッカン決めちゃう」

「どんな魔法か知らないけど、ドッカンはヤバいって」


 作戦会議っぽいことをしながら、俺は赤枠の扉の前に立った。すると触れてもいないのに、扉は勝手に開いてしまう。ゆっくりと、まるでこちらを歓迎してるみたいに。


 さて、じゃあ昨日と同じように、石板で時間を確認しつつ進んでみようかな。そう思いしまったはずの懐を弄るが、ない。


「あ、あれ!? 俺、確かに石板持ってきたはずなんだけど」

「え? ないのー」


 まさか! 普通に忘れちゃったとか!? 焦る俺を宥めるように、頭上高くから女性の声がした。


『いでよ石板。そう唱えれば、あなたの前に石板は姿を現すでしょう』

「い、いでよ……石板」


 ふいに胸が温かくなって光を発した。そしてあっさりと時の石板はその姿を現し、右手の上に落下してきた。


「わああ。すっごいね。便利ー」


 金色の瞳をキラキラ輝かせているフィアとは対照的に、俺は緊張していた。忘れたわけじゃなくて、俺の中にあるってこと? なんか怖い。


 それに、すでに幾らも非日常的なことに足を突っ混んでしまったことを、改めて認識せざるを得なかった。この先どうなるのか、実のところ想像もつかない。


 でも、今はとにかく昨日の失敗を挽回したかった。悔しかったんだよ。やっぱり俺は単純だった。今度こそ迷路を越えてやると、どこか心がメラメラとしてる。


 いざダンジョン攻略が始まると、不思議と目の前にあること以外気にならなくなった。

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