第55話 理想の生活


朝起きると見慣れない部屋。

テレビで見る豪邸。

自分の少しばかりの私物が、場違いのようにソファに置いてある。


「 ああ…… やっぱり夢じゃなかったのかぁ。 」


おじさんとケンカ別れしてしまい、まだ現実を受け入れられずにいた。


「 おはよう、工藤亮二の妻のさちって言います…… 宜しくね。 」


新しいお母さんになる人。

白いワンピースが良く似合う綺麗な女性。

凄い優しそうな自然な笑顔。


「 おはようございます…… 。

萌って言います…… 宜しくお願いします。 」


これから仲良くしないといけないのに、素直になれずにいた。


「 朝食出来てるから一緒に食べないかしら? 」


「 はい…… ありがとうございます…… 。 」


幸さんは萌の手を引き、階段を降りてリビングに歩いていく。


「 これ…… お口に合うかしら? 」


用意されていたのはホテルのような朝食。

大きなテーブルにびっしり広げられている。


「 少し張り切り過ぎちゃったかしら。 」


「 いいえ、凄い美味しそうです。 」


手作りのオレンジジュースに、自家製のパン。

一人で作ったとは思えないくらい凄い。


「 私ね…… 自分の娘とご飯食べるのが夢だったの。

あっ…… ごめんなさい!

まだ会ったばかりで図々しいわよね。 」


「 いいえ…… 全然。 」


気を遣ってるのか? 幸さんは嬉しそうに話してくれる。


( 凄い優しい人…… 凄く綺麗だし。 )


朝食を済ませて学校へ。

少し距離があるので近くまで送ってくれる。

幸さんもベンツに一緒に乗り、わざわざ送ってくれる。

運転は家政婦さんに任せている。


「 萌ちゃん…… 私ね。

世話焼きでね、良くそれで怒られちゃうの。

だからいつでも言ってね?

鬱陶しいときは…… 。 」


本当に優しい女性だ。

萌は色々分かっていても、まだまだ順応する事は出来なかった。


学校で彩芽に相談すると?


「 えぇえーーいっ!? それってどういう事? 」


彩芽は学校では物静かな筈なのに、動揺して大きな声を出してしまう。


「 私にも分からないの…… 。 」


今まで見たことないくらい落ち込んでいる。

かなりショックだったのだ。


「 おっ…… おはよう。 」


朝倉がやってきた。

直ぐに彩芽が朝倉を引っ張り、昨日の事を詳しく話す。


「 そ…… そうか…… 大丈夫か? 」


「 はぁあ!? それだけ?

何でそんな反応薄い訳!? 」


彩芽は朝倉の反応の薄さに怒った。

朝倉は気まずそうに頭をかく。


昨日の事…… 。

夜におじさんがやってきた。


「 えっ…… ? 泊めてってどう言う事っすか? 」


「 まぁ立ち話もあれだし、中で話そうか。」


と強引に中に入ってきた。

何もないような殺風景な部屋。


「 つまんない部屋だな。

当分暮らすにも狭いし、メシもろくなの出なそうだし。」


イラッ! 朝倉の眉間にシワが出来る。


「 で! 何でいきなり来たんですか?

ケンカとかしたんですか? 」


少しキレ気味に追及してきた。

おじさんは買ってきた缶ビールを開けて、大きく一口飲んだ。


「 実はだな…… 。 」


詳しい話をした。

朝倉は当然びっくりする。


「 そんないきなり!

萌の気持ちとかどうするんすか!? 」


おじさんは難しそうな顔をする。

悩んで出した答えだから変わる事がない。


「 絶対この答えで良いんだ。

直ぐに俺の事なんか忘れる。

だからもう良いんだ…… 。 」


おじさんは時折悲しそうな顔をした。

朝倉はそれ以上言及する事はなかった。


「 ん? てか!! 何でそれで俺んち来るんすか?」


「 おろろ? 俺は友達居ないから行くとこないし。

しかも仕事も別の探さなきゃだし。

だったら元娘の親父のお願いだ。

ちゃんと聞いてくれよな。 」


と強引にルームシェアする事に。

当然内緒なので萌達には言えない。

同じ男だから気持ち分からなくもなかったからだ。


「 新しい家に帰りたくないな…… 。

恵の家に言っても良い? 」


萌が朝倉に悲しげに言ってきた。

朝倉はドキッとしてしまう。

本当なら家に来るのは大歓迎!

でも今はおじさんが居る。

簡単に来させる訳にはいかない。


「 んーー …… 新しい両親に悪いからな。

今日は帰った方が良くないか? 」


その言葉に彩芽がキレる。


「 何でよ!! 朝倉君はそれでも彼氏なの!?

ちょっと萌ちゃんの気持ち考えたら?? 」


彩芽は萌の事になるといつもは小心者なのに、朝倉のような怖面にも反抗出来る。

後で我に返ったら謝るのだろう。


「 大丈夫…… 恵の言う通りだね。

分かった、当分はあの家に帰るかな。 」


朝倉は罪悪感でいっぱいだった。

萌は仕方なく学校が終わり、迎えのベンツに乗って帰る。


「 どうだったかな? 学校の方は。 」


ベンツを運転してるのは工藤さん。

わざわざ迎えに来たのだ。


「 別に…… 普通です。 」


素っ気ない対応に。

この人が来たからおじさんとの生活が終わってしまった。

そう思うと腹が立ってしまう。


「 そうか、まだ慣れなくても仕方ない。

直ぐに慣れるさ。

大学の件だがあの塾はレベルが低い。

今度からは家庭教師に来て貰う。

その方が間違いない。 」


工藤さんは行動が早い。

先の先まで見据えている。

お金をかけても萌を良いところへ行かせる為に、必死に考えた結果だ。


( つまらない…… 知的で理想の父親。

今まではこんな父親が良かったのに。

どうしてだろうなぁ…… 。 )


家に着くとご飯が準備されている。

部屋もお風呂もとても広い。

家事も行き届いていて自分の時間が増えた。

勉強にも集中出来る。


「 はぁ…… 静かだなぁ。 」


前の部屋と違い、プライバシーも守られている。

勉強してるときにテレビの音が聞こえてくる事もない。


「 新しいホラー映画借りて来たぞ。

一緒に見ないか? 」


おじさんとの事を思い出し涙が溢れる。


「 本当に…… 勝手なんだから。 」


その頃おじさんは?


「 おっ、帰ったか。

居候も申し訳ないからな。

俺がメシを作ったから食うか。 」


テーブルには焼きそばらしき物が。

野菜もほとんど入ってなく、見るからに固そうな麺。

ちゃんとほぐさないで焼いて、そのまま焦げてしまった。


「 これ…… 食べるんすか? 」


「 そりゃそうだろ? それ以外にある? 」


男二人は既に生活は破綻していた。

おじさんは料理なんか出来なかった。


不味い料理を食べて一段落。

おじさんはお酒を飲んでいる。


「 萌…… 寂しがってましたよ。 」


おじさんからは何も返答はなかった。

それも覚悟していた事だ。

絶対に振り返る訳にはいかなかった。


「 お前は萌の彼氏なんだろ?

ならお前が支えになってやれ。 」


おじさんはお酒を飲んだ。

朝倉もそれ以上は何も言えなかった。

父親にしか分からない事があるのだと思った。


その頃萌は大きなテーブルに、また沢山の料理に囲まれていた。


「 萌ちゃん、いっぱい食べてね。 」


また沢山の料理を作ってくれた。

見たことないような、外国の料理やおしゃれなスイーツも沢山。


「 幸さん…… 工藤さんは? 」


もう夜なのに帰って来ていない。

広い部屋に二人は少し寂しく感じる。


「 多分今日は帰らないかしら…… 。

いつもの事よ、気にしないで。 」


笑って話す幸さんは慣れたように話す。

良くある事のようだ。

萌はそんな幸さんが可哀想に見えてしまう。


「 でも大丈夫なの!

だって私には萌ちゃんが居るんだもん。

今日は寂しくなんかないわ。

本当にありがとう…… さぁ食べましょ?? 」


そう言って幸さんは笑って食べる。

萌も料理を食べる。


「 美味しい…… 。 」


「 そうでしょ? そうでしょ??

良かったわーーっ。 もっと食べてね。 」


幸さんは萌が美味しそうに食べると、手を止めてじっと見ていた。

本当に嬉しそうに見ている。

いつも一人で食べていたから、二人で食べるのが凄い嬉しかったのだ。


萌はおじさんの事が忘れられないけど、幸さんの事が嫌いにはなれなかった。

萌も少しずつ前に進もうとするのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る