第79話 混合編成は落とし穴

        * * *

        

「何をやっているんだあの莫迦どもは。 すぐ止めさせろ!」


 集積所地下のモニター室で監視ドローンからの映像を確認するや、ミシガン・Gは底冷えのする声で周囲に命じた。


「はい、しかし宜しいのですか……?」


 部下が戸惑いながら訊き返す。

 

「我々が何のためにあの少女の返還に合意したか、分からんのか」


 そんなこともまともに自主判断できないのかと、ミシガン・Gは更に心象を害した。

 所詮、中間のこういう部署で指示を守ることに汲々としている程度のやつらでは、人材とは呼べないのだ。

 

「……私は君がアクセスできない、上位セクションの報告にも目を通している。コンラート・ゴルトバッハは我が社と秘密裏に専属契約を結んだグライフで、たまたま我が社の創業者八巨頭の末裔ではあるが。今行われている戦闘は完全にこちらのガバナンスを逸脱した、信用棄損行為に他ならない……奴と取り巻きのモーターグリフが我が社の資産でもあることも確かだが、その損失は内部で決済して、必要なら奴に請求を回せば済むことだ。あの機体の技術検証は完了しているんだからな。これで十分か?」


「は、はい。直ちに」


 部下が青ざめて通信機にとりつく。警備部所属のランベルト二機には現場からの一時離脱、ゴルトバッハ及び麾下三機には即時の戦闘停止を呼びかけ始めた。が――


「申し訳ありません。ゴルトバッハと僚機に、通信が確立できません……おそらく意図的な通信封鎖です」


(そこまでやるか――)


 内心呆然となるが、辛うじて表には出さずにとどめる。教育と自己コントロールによって会社の理念そのものに同化したミシガン・Gには、ゴルトバッハのような「社外」に属する人間の思考はある意味理解しがたいものだ。社への貢献の熱意を一応買っては見たがそろそろ見切りのつけどきだ。それにしても――

 

(おかしい。ゴルトバッハはともかく、なぜ実行部隊の人間までがあのような愚行に同調するのか……)


 もしかすると、あの噂は本当かも知れない。社内に造反・離脱をもくろむ非公然のグループが存在して動きはじめている、という話を初めて聞いたのは二週間前だ。まさかと笑いつつも一応内偵は進めさせているが――

 

「警備部の二機が離脱するならそれでよし。残りの連中は――レダ・ハーケンとサルワタリに片づけてもらおうか」


 あの警備部の二名には、軽い減給処分辺りでいいだろう――ミシガン・Gはそう結論した。

 普及品のランベルトとはいえ、モーターグリフを任されるのだから、もう少しは賢くなって欲しいものだ――

 

        * * *

        

 頭部カメラを破損した敵機が、視界を失って動きを止めた。非常用のオートバランサーが働いて、機体の転倒を防いだのだ。

 俺が乗るこの機体にも、原形のスカルハウンドに準じて同様の機能があり、そこからの回復には機体各部の補助カメラからの視覚情報を統合、補完するためのモード変更を必要とする。多分モルワイデも同様だろう。

  

 だが、この戦闘のさなかでは――

 

「その隙は見逃してやれんな……ッ!」


 プラズマソードを振るって、モルワイデの右腕をライフルもろとも切り落とし、一丁上がり。これで怖いのは上空へ逃げたゴルトバッハの、反転しての再攻撃だが――

 

 そちらはレダが抑えてくれていた。こちらに敵が集中したのを見て取って、戻ってきたらしい。

 

〈上出来だおっさん! 盾持ちのランベルト二機は後退したみたいだ、あとは一機づつ片づけりゃ勝ちだぜ〉


「そりゃありがたい……! だがこの後はどうする? そろそろこっちのライフルは残弾がジリ貧だ」


〈そっか……やっぱ、ミサイルくらいは積んどくべきだったか……? まあいい、ついてきてくれおっさん〉


 レダが少し離れた岩山の陰をマップ上にマークする。

 

〈ここで、罠を張るぜ〉


「罠……?」


 何をする気なのか分からんが、レダは技量も経験も俺よりはるかに先を行っている。なら従うにしくはなし、だ。

 

〈ゴルトバッハのやつは、自分の機体に高機動、高性能が具わってることを、利点としか考えてねえが……〉


 衝撃音と共にレダの言葉が一瞬途切れる。

 

〈よし、ちょうどいいくらいのやつを貰った! 仕掛けるぜ!〉


 レダの機体が黒い煙を吐き出す。スピードは落ちずそのまま緩やかに放物線を描きながら、時折がくがくと変針して、目標地点の岩山へ。俺はそれを追いつつ、敵機に牽制射撃を――

 

〈しばらく敵を撃つな、おっさん。奴らの意識から消えるんだ〉


 なるほど?

 

〈とにかくあたしと早く合流してくれ〉


 ならば、と機体背部の推進器スラスターを点火した。ネオンドールのフィン状になった積層型スラスターほど出力もなく自由も効かない、ごくプリミティブなロケット/ラムジェット併用型だが、地上すれすれで加速するには十分な代物だ。

 

 わざとジグザグな軌道で時間を稼ぐレダとは違い、こちらは森林を突っ切ってほぼ一直線。彼女を追って飛び回るクラウドバスターに、モルワイデは追従しきれずに距離を空けられていた。

 

 なるほど。突出した機動力は、連携するはずの味方にとっては両刃の剣なのだ。

 

 岩山の陰に滑り込んだ俺の前に、ネオンドールが僅かに遅れて姿を現した。

 そして――

 

〈そのまま! おっさん、動くなよ!〉


 そんなセリフと共にレダは機体の左前腕部をポーキィ・ボーンに向け、一発のグレネードを放った―― 

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