第73話 寄り集まってはまた別れ

「おっさん! お帰……じゃねえか、いや、やっぱお帰りかな……」


 ディヴァイン・グレイスのロビーで待ち合わせ。レダはすぐにやってきた


「ご苦労さん! 無事帰ったって聞いてホッとしたぜ。あそこの施設についちゃ、地下のことはまるで分らなかったからな……!」


 はしゃいだ様子でそう言いながら、彼女は俺の横に尻を割り込ませてきた。俺の二の腕を、子供がぬいぐるみを抱きしめるようにぎゅっと抱え込んでいる。

 

「ああ……レダもご苦労さん、俺たちがいない間、ギムナンの守備を固めてくれてたって聞いた」


「うん、まあ。おっさんたちが行ったような地下の狭苦しいとこにはネオンドールじゃ入れないから、指くわえてるしかなかったんだ。ああもう、あたしもまたリグの一輌くらい誂えとくかなあ……!」


 難しい顔で考え込む。まあ、リグに乗るとなると戦闘力は格段に落ちるわけだし、その辺りはレダとしても悩ましいのだろう。ことは命のやり取りさえ伴う戦場稼業だ、一緒に行動したいなどという動機は指針にできない。

 

「まあ、次は多分ニコルの受け渡しだ……俺の機体が組み上がったらネオンドールと一緒に出られるさ。ニッケルソン会長もそのつもりのようだし」


「へへ……そうだね。そうかあ、おっさんもいよいよグライフかあ……ん?」


 相好を崩したレダがふと視線を動かして――対面にするっと滑り込んできて腰かけたエニッド・リンチを発見した。

 

 ――!?

 

 無言の問いかけを満面にたたえてレダが俺の方へ振り向き、再び正面を向いてエニッドを見る。 

 エニッドはといえば興味津々といった顔で俺とレダを見比べていた。

 

 

「へぇ……ランキング五位の『Swan's Mrs.スワンズ・ミストレス』レダ・ハーケンって、こんななんだ。初めて知ったわ」

 

 ――お熱いわねえ。

 

 笑顔でぼそりとつぶやかれて、レダの顔が真っ赤に染まる。

 

「だっ……だだだ誰、おっさん、これ誰よ! どっから来たの!?」


「あー、レダ。人間相手に『これ』呼ばわりは止しとけ、な」


 たしなめる俺に向かってウインクしながら、エニッドは気さくな風にレダに自己紹介を始めた。


「はじめまして、私エニッド・リンチ。ランキングからは消えてるけど、まだ傭兵ユニオンに籍はあるかな?」


「……き、聞いたことあるような?」


「元ランキング二十位だって言ってたな、確か」


 ソファに深々と沈み込んでクッションの柔らかさを堪能していた、そのままの姿勢でショウが会話に加わった。

 

「あ、ああー……思い出した、ぼんやりと! 私が傭兵始めたころの注目株で、どんどんランキング上げてた人だ、たぶん。あたしよりかキャリアは四年くらい先輩だって話だったか」


「あはは。ぼんやりと、はひどいなあ。まあその後ちょっと怪我したり、GEOGRAAFと専属結んだりでね。追い越されちゃったみたいね」


「専属……ってことは、敵じゃんか!?」


 警戒心をあらわにするレダだが、エニッドはあまり意に介さなかった。

 

「ご心配なく。私、たぶんもうGEOGRAAFには顔出せないと思うし……あと、そんなに怖がらなくてもいいわよ」


「だ、誰が怖がったりとかッ!」


「……私、おじさんには食指が動かないから」


 嫣然と微笑んで、立てた人差し指を唇の脇に添える。

 

「でもいいわねえ、仲良さそうで」


「……へ、へへーん! そうだぜ、おっさんとあたしは全部見せっこした間柄――」


「おいやめろバカ」


 勢いでとんでもないことを開陳しだすレダに、俺は慌てて口を手でふさいだ。

 グレイスで受けた肺洗浄の時のあれは、ノーカンでいいはずだ。まあそれを省くと俺が一方的にレダの全部を見ただけになって、更に具合が悪いのだがこの際黙っておこう。

 

「はいはい、ご馳走様。じゃあ私はここの滞在手続きやって来るんで、ごゆっくりね」


「あ、てめぇ!」


 からかわれた、と気づいたレダがエニッドの後姿に拳を振り上げる。だが届きはしない。

 普段着の背中を走るハーネスのストラップを、俺が掴んで押さえていた。

 

「身辺が落ち着いて次の予定が決まるまでは、たぶんここにいるわ。また会いましょ、お二人さん」


 そう言いながらエニッドはロビーを離れ、どこか通路の奥へと去ってしまった。

 

「あんにゃろ……敵意が無いのは分かったけど、なんか気に入らねぇなあ」


 どうどう、とばかりに肩に手を置いてなだめる。エニッドに対する妙な感じ、俺にも思い当たるところが無くはない。何かこう、妙に間延びしてペースを崩される感じなのだ――もしかすると、それは彼女の追加された『臓器』が飲み食いをその筆頭に、何かを急ぐという必要を軽減しているせいなのかも知れなかった。

 

 

 三人でグレイスの適当な店に入り、軽い食事をとった。ショウは見るものすべてに面喰った様子だったが、生野菜が出てこないことに何か勝ち誇ったような顔をしていた。

 

「あっと、すまんサルワタリ。市長からの要請でな、俺は先に戻る……R.A.T.sの坊やたちの面倒をまた見てやらないといかんらしい」


「そうか――アシはあったか?」


「ああ。あんたの乗るでかいロボットのパーツを、ギムナンからも移送してきてるらしくてな。その輸送機が帰るのに便乗させてもらう。あとは任せるからしっかり頼むぜ」


 船には青息吐息だったが、飛行機はなんということもないらしい。妙な男だ、まあ分からなくもないが。

 

 発着場へ向かうショウを見送ると、あとは格納庫での組み立てに立ち会って、あれこれ注文を付けるのがこれからの予定ということになるが――二人きりになると、レダは俺の腰に腕を回して半ば寄りかかるようにくっついてきた。

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