第67話 ニコルへの手がかり

 施設スタッフが休暇の楽しみにするような保養所――これは手がかりになるかもしれない。そんな気がした。

 

「ショウ。さっきの方針より早いが、ちょっと交代してくれ。中のターミナルで探してみたいものがある」


〈分かった。じゃあ戻る。あと、ここは多分あんたにはまだ暗いだろうな。ゴーグルの感度を上げておくといい〉


「お、おぅ……?」


 予期しない気づかいを受けて反応に戸惑う。

 確かに、欧米人と比べて日本人は暗闇に弱い――怖がりとかそういう話ではなく、目の機能に差があるのだ。ホラー要素のある洋画を見ていても、あまりに画面が暗くて何が映っているかわからず微妙にイライラさせられる、そんな経験を思い出す。 

 ショウがなぜそんなことを知っているのかが不思議だったが、ここに来てからの日々を振り返ってみてなんとなくピンときた。

 

 ――この時代の北米には日本語話者が決して少なくない。語彙などが変っている部分もあるが、ギムナンでも特に苦労しなかった。恐らくだがショウが生まれ育った都市外居住者――野盗と呼ぶことは今ではややためらわれた――のグループにも、日本人をはじめとする東アジア系のメンバーがいたというわけだろう。

 

 通路の入り口でハイタッチしてポジション交代。俺は忠告に従ってゴーグルの光感度を高めに設定し直し、問題のオフィスへ踏み込んだ。

 あちこちに置いてあるターミナルに、片端から電源を入れて回る。パスワードやなにやのユーザー認証で手間取るかと思ったが、中の一台がすんなりとログインを受け入れた。

 ちょうど図書館や公民館、あるいはショウルームのデモ用にあったような、ごく一部の機能にのみアクセス可能に設定された共用の端末だったらしい。

 

「バーカ、バーカ! 不用心なんだよ……」


 前職のIT音痴な上司などを思い出しつつ、無慈悲に家探し開始。俺の目的物は何も、秘匿しなければならないような実験データや研究計画などではない。そんな大層なものがこの程度で掘り出せたら、フィクションの中のハッカーは即日失業だ。

 

 ――。その中にサンルームか、それを匂わせる文言があれば俺の推論は裏付けられるのだ。

 競争相手の企業を陥れるために攫って来た、実験台用に飼育されていた女の子。保養施設に置くような感性があるのかどうかは賭けだが、俺はまだそこまで人間というやつに絶望する気にはなれなかった。

 

 俺一人でずっと生きていたら、違ったかもしれない。だが俺は21世紀でも全くの孤独ではなかったし、こっちに来てからはさらに、沢山の知己というか絆される相手と出会った。

 同じ釜の飯の仲間といえるR.A.T.sの面々、頼りにしたり支えなければならなかったりする上司である市長、小悪魔めいて俺を誘い焚きつける、様々な面でとなってくれる傭兵仲間のレダ、そして――最初の一日目に出会って保護すると決めた少女。娘ともいうべきニコル。

 

(皆がいるから……いたから、俺はまだ人間に何かを期待していられるんだ)




 送信ログのリストをゆっくりとスクロールしていく。こういうところはある種、人間工学エルゴノミクス的な制約とでも言うかそういうものがあるようで、21世紀のメールアプリとさほどの違いはない――

 

(何が人間工学的な制約だ、バカじゃねえか俺は。検索機能くらいあるだろ……)


 アプリケーションソフトのUIまでは日本語にしてくれていないせいで、ずらずらと並んだ英語の字面につい幻惑されて見落としていた。我ながら情けない。


 Leave application、vacation、days offといった文言のあるタイトルを検索フィルターに設定して実行キーを叩く。

 

 ずらずらと何件ものメールが表示され、それを一つ一つ見ていくと。果たして、サンルームという単語が休暇の行き先に使われている事が判明した。 

 つまり、これはGEOGRAAF社内部で、非公認ながら常用されている名称なのだ。

 

 デスクトップ画面まで戻って「サンルーム(SunRoom)」でファイル検索を行う。至極あっさりと、GEOGRAAF社の福利厚生施設リストが表示され、その中に目的のものが見つかった。

 場所は旧ケベック州のセントローレンス川北岸からやや内陸に入った、サン・ジャン湖の下流にあった都市「サグネー」の郊外。いかにも風光明媚そうな場所ではある。ここに、例えばギムナンのような半地下式で天井を透明パネルで覆ったような場所があれば。

 

 それはさぞかし居心地のいいレクリエーション施設になるに違いない。一点賭けというわけにはいかないが、次の行動を決める材料としては考慮に値するだろう。

 

「よし、待たせたなショウ……ここはもういい、次に移動するぞ」


〈了解だ〉


 ドウジのところまで戻る途中で、俺はふと通路の奥、L字に曲がった先を覗き込んだ。先ほどは気づかなかったがケージにあたる部屋の外壁に欠損がある。ホグマイトは多分、ここから外へあふれ出したのだ。

 

 ぞっとしつつ考える。ホグマイトが暴走した、それはまあいい。起こったことはまさにその通りだろうが――

 

〈ホグマイトの暴走のさせ方を知っている人間は、限られていたはずだ……偶然に起きたのか? それとも……)


 誰かが、人為的に起こしたことなのか? そうだとしたら、何のために、誰が?

 

 頭をひねりながら、ドウジを奥へ奥へと歩かせる。と、不意に辺りが明るくなった。高さも奥行きも、これまでとは比べ物にならない大きな空間に出たようだ。何かのタンクやバルブのついた配管が入り組んだその奥に、水を満たされた巨大なプールのような場所があり、天井に大きな採光窓があるのが分かった。

 

 光がどうやらそこから射し込んでいるようで――肉片になった大量のホグマイトの死体に埋もれるようにして、見慣れないトレッド・リグが一台、そこにへたり込んでいた。

 

 そして――プールのような水場の中ほどに、見たこともないデザインの、だがはっきりそれとわかる機能性を形に表したものがあった。 

 小型の、潜水艦だった。

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