第66話 労働者の願いは、いつの世も
ホグマイトが俺たちを取り囲むように周囲から接近してくる。移動はそれほど速くないが、確か12.7mm程度の火力では倒せないという情報もあった――残弾の管理がシビアになるかもしれない。
〈おいでなすったぞ……!〉
「聞いた話じゃ、攻撃手段は爪と顎だ。落ち着いて対処すれば問題ないはずだ……!」
〈なるほど……KODZUKAを試してみる。サポート頼むぜ、サルワタリ〉
ショウは一番距離の近いホグマイトへ向かって高周波ブレードを構えてダッシュした。「囲まれるなよ」と応答しつつ、俺は19.7mmを後続のホグマイトに向ける。
〈ふうっ。変異グマよりはちぃと厄介だな。あいつらは群れんから〉
手近の一頭をKODZUKAで頭を切り飛ばして仕留め、ショウが納得いったふうに息を吐いた。KODZUKAを実戦で使用する機会は今まで無かったし、そのポテンシャルが分かるのは俺もありがたかった。
ショウ機に死角から接近するホグマイトを、19.7mmで横合いから撃ち抜く。それからものの二分ほどで、その広間にいたホグマイトは一頭残らず動かなくなった。
周囲をカメラで見廻す。広間の両側にある小さな通路が気になった。おそらくはそちらがホグマイトの本来のケージであるはずだが――ドウジの
〈どうした、サルワタリ?〉
前に立って歩きだしたショウが、その場に止まったままの俺に呼び掛けた。
「ああ――あの小さい通路のとこに、何かあるかもしれんと気になってな」
〈何だ、そんなことか……だが、リグじゃ通れそうにないな。俺が行こう、電波が届く範囲ならゴーグルの映像を共有できるって事だっただろ、確か〉
そういうと、ショウはコクピットハッチを開いてドウジから飛び降りた。手にはPDWを抱えている。
「……いいのか?」
〈こういうのは俺の役目だ。それに、あんたは前にも生身さらして撃たれたんだろ?〉
それを言われると言葉もない。「頼む」と伝えると、彼は慎重な足取りで警戒しつつ通路の奥へ進んでいった。
ライト照射範囲外は闇、各種センサーにもほとんど反応が無い中で、ドウジの足音だけが響く。
ショウが進む通路の先はL字型に折れた先で行き止まりになり、そこには扉が二つあった。
〈手前のこっちは普通のドアだ……奥のはよく分からんが、それらしい開閉装置は通路側にないな〉
「こっちからも見える。奥が開けられないなら、多分そっちがケージだな。手前を調べてくれ」
ショウの移動に従って、カメラの映像が変化していく。手前の部屋は奥の部屋との間にある壁が一部透明になっていて、そこから直接隣を覗くことができるようだった。辺りには蹴倒された椅子や大型ターミナル、無造作に放り出されたファイルキャビネットが散乱し、ここで働いていた人員が大急ぎで撤収したことがうかがわれた。
〈この中に情報があるとしたら厄介だな。少し持って帰るか?〉
俺は少し考えて、その提案を却下した。俺が生きていた21世紀から何年経っているかは分からないが、流石に非常時に記録媒体の中身を一発消去するくらいの手段はできていそうなものだ。ファイルの方は焼却する暇もなかったようだが、これを持って帰るのは流石に――
「まあ、他を一通り見て回って、どうしてもめぼしいものが無いときにはここを漁ろう。ああ、何かディスクやメモリスティック的なものがあったら、それは回収して戻ってくれ」
〈オーケー。帰りに来るときは役割を交代だな〉
ショウはその辺りに置いてあった、5センチ四方ほどのディスクらしきものを何枚か回収する様子だった。
〈えっと、こういうやつでいいんだろ? 俺らも企業のエージェントから何度か渡されたことがあるんでな……タタラのシステムをアップデートするとかなんかそういう代物だったが――〉
ここはこんなものだろう。そう思いつつ共有される映像の画面に目を凝らしていると、一瞬映ったものが何やら妙に俺の注意を引いた。
〈ちょい待てショウ……いま右手にあった白い壁か何か。ああ、うんそっちのそれだ……もう一度映してくれ〉
「ああ、これか。このくらいの位置でいいか?」
「……そのままで、動かずに頼む」
ショウがその白いものの前で前後に移動してピントを合わせようと試みてくれる。実のところこっちのゴーグルで調節できるので彼には止まってもらったが――
「ホワイトボードか。確認してみれば何ということもないが――」
それは妙に懐かしい感じのする備品だった。学校の黒板くらいのサイズのボードに月単位の日付が並べてあり、その下に何かマーカーで走り書きがしてある。何とか読み取れたのは、業務スケジュールの予定に関する日時の覚書や個人的な伝言と――
――交代まであと三日。申し送り事項の取りまとめ本日午後一杯までに宜しく
――サンルームが待ってるぞ! 皆、頑張るぞ!
部署単位で同時に休暇を取る予定でも立てていたらしい彼らの、互いを慰め鼓舞するような、身につまされる落書きだった。
(サンルーム……文字通りの意味じゃなさそうだ。察するに、彼らが使う保養施設の符牒とかコードネームじゃないかな……)
お天道様が浴びられる、というギムナンの利点を自慢げに話していたレダの事を思い出す。この時代では、太陽光線を直接浴びられる場所というのは、実際貴重であるはずなのだ。
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