第39話 あ、これってスカウトってやつ?

「ん? おい……からかうのは大概に……」


 たしなめるつもりで顔を覗き込むと――レダはすぴすぴと寝息を立てて眠りに落ちてしまっていた。

 

「あー。寝ちまったか……」


 考えてみれば無理もない。撃墜され負傷し、身動きもままならぬまま荒野で震えていたのだ。気を張っていなければ生き延びられない状況。たぶん限界まで疲れていたのだろう。

 

「仕方がない……しばらくこのまま横にいてやるか」


 本来ならばまっすぐ自分の「家」に帰るつもりだったのだろうが、洗浄の後の開放感と安心感で、ついに気が抜けたといったところか。

 鍛えられた体とはいえ、細い肩はやはり少女の域をようやく脱した若い女のそれ。かばうように腕を回し肩を抱いてやると、彼女はもぐもぐと口を動かして何ごとかつぶやいた。

 

(ムニャ……父ちゃん……)


「まいったな、こりゃ」


 姉に育てられたようなものだとは言っていたが、精子提供やら培養ポッドやらで生まれたのでなければ、彼女たちにも父親がいたはずだ。

 おそらくは母親同様、早くに世を去っているのだろうし、どんな人物だったのかは今の時点で知りようがない。俺にやたらと絡んでからかうのは、父親に甘えるような気持ち――というわけでもないのだろうが。

 

(寝言で『父ちゃん』とか言ってるような娘に、滅多なことはできませんなぁ。はっはっは)


 まあこのロビーは温かいし、色々伝え聞く話からすると、ここで寝落ちしたところで何か盗られるという事もあるまい。俺も少し寝るか――そう思って目を閉じた、その時。

 

 

 

 ――そんなところで寝ると風邪を引くぞ……いや、引かないか。ええと……うむ……何と言ってやるべきか……

 

 艶がありよく通る、高めのバリトンとでもいった感じの声がした。緩衝性の高い履物がたてる、かすかなキュッキュッという足音も。


(何だぁ?)


 自分のセリフにセルフ突っ込みしつつ、他人を気遣う風。これは……そう、だいぶ面倒くさいやつに違いあるまい。


 目を開ける。長身の若い男がそこにいた。

 

 ダーティーブロンドの髪が顔を包むような内跳ねのシャギーにカットされていて、耳から後ろはふわっと背中へ流している。全身を包むのはピスタチオクリームのような、わずかに緑を帯びた色のジャケットとパンツ。

 布地の切り返し部分を飾る金ラメ塗装のレザーや、肩帯のモールを見るに、これはどうも18世紀頃を舞台にしたロマンス作品で見られそうな感じの、武官の礼服を模したデザインであるらしい――

 

「む、ファッションに興味がおありかな?」


 おおっといかん。また初対面の相手をじろじろと眺めてしまった。

 

「いや、あんまり」


「そうか……ここは通路に面していて、それなりに人目もある。仲睦まじく寛ぐのは、やはり彼女の自宅に戻ってからの方がいいだろう」


「これは、ご親切にどうも」


 なんだかよく分からん。よくわからんが、低姿勢でいた方がよさそうだ。

 

「なに、それほどでもない。ああ、察するに君がトンコツことミキオ・サルワタリ――レダを救出してきたという、ギムナンの新人傭兵だな?」


 俺は眼前の男を改めて凝視した。いったい何者なのだ。

 

「ええ、俺はサルワタリです。それで、あなたは?」


 ピスタチオ金ラメ男は何やら仰々しい身振りで胸に手を当て、背筋をぐっとそらした。

 

「私か。うむ、私はカイリー・マルス・ゴッドフリート。このディヴァイン・グレイスので『天秤リーブラ』の最高責任者でもある」


「えっ……」


 じゃあ、この少女漫画に出てきそうなイケメンが。

 

「傭兵ランキングの一位ってのは、あなたでしたか……」


「一応そういうことになってはいるが、まあ名誉職みたいなものだ。市の運営が多忙で、もう二年ほど戦場には出ていないからな」


 それでランキングが入れ替わらないとは、いったいどれだけの戦績を上げているのだろう? 何やら空恐ろしい感じがした。ピスタチ男は俺の畏敬の視線に気づくとはにかんだように微笑んだ。

 

「ここへ来たのは、偶然というわけではない。正直に言えば、君に会いに来た。『天秤』ナンバー2のグライフが何かというと話題にする、既に若くもない新人傭兵――どんな男かと、少々興味があってね」


「そうっすか」


 それならこっちも相身互いというやつだ。

 もっぱら正義らしきものを理念に掲げて活動する、中立公正の傭兵組織。それをまとめるトップ――ナンバー2の未帰還に逆上して、役職も責任も放ったらかしで出撃しようと言いだす男が、いったいどんな人物なのか。


 興味がなかったとはとても言えない。

 

「じゃあ、俺たちは今日、お互いに興味のある相手に会えたわけですね」


「ん、そうか……なるほど、そうだな。では、どうだったかね。私の印象は」


 おい、眼前の相手に自分でそれを訊くな。


「……そ、そうですねえ……変わった人だけど、嫌いにはなれない……かな?」


「そうか。それを聞いて安心した」


 ピスタチ男は満足そうにうなずいた。

 

「われわれ『天秤』は常に優秀な傭兵を求めている――グライフ、リガー、そして各種航空機のパイロットに戦車兵まで、様々な人材を。トンコツ、君にその気があるならいつでも連絡を呉れたまえ……歓迎する」

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