episode3:おっさんは不意にキャリアアップ的なことを志す。
第15話 Fixing a Hole (穴を、塞ぐ)
広大な平原のただ中に、堅固な岩盤をえぐって作られたギムナン・シティ。
その半地下式の居住区を覆う、
一昨日の襲撃で破られた採光窓、二十平方メートル分の半透明パネルが近隣の
リグの操縦者が必要ということでR.A.T.sからもこういう場合の慣例に倣って応援を出すことになり、トマツリは俺とゴードンを指名したというわけだ。
ギムナンでこうした作業用に汎用重機として使用されるのは、奇しくも昨日交戦したタタラと同じメーカー、テックカワサキ社の
コクピットというか操縦席は、ロールバーで囲っただけの開放式。今いる床の下にある居住区までは二百メートルほどの距離があり、ハーネスで座席に固定されていても、恐怖からくる反射なのか会陰部の筋肉がぎゅうっと引きつる。
「く、ふぃヒイッッ……!」
「梁の上を歩くんだ、トンコツ。そうすりゃあ心配はない」
「そうはいっても、やっぱり危険を感じる!」
パネルの入ったコンテナは大型ヘリコプターで天井シールド外縁部の集積場に降ろされ、各採光窓の四隅に設置されたクレーンのところまで運んで、取り付け作業に備えることになる。その、クレーンのところまで運ぶ作業が俺たち自警団員に割り当てられているのだった。
クグツで踏んでいいことになっているのは、天井を裏から支えるごつい
ああもう、考えただけでも会陰部が引きつってキリキリ痛む。ゴードンが昨日に続いて親切にあれこれ教えてくれるのだが、体の感覚だけはしょうがない。なにより、この操縦席が吹きっさらしで、夏とはいえカナダの大地を吹く風が直接肌を撫でるのが、神経に大変よろしくなかった。
カナダ――そう、ここはかつてのカナダ南部、マニトバ州があった地域だ。
カナダ北東部を中心に存在する楯状地のおおよそ最西端部で、すぐ近くには大きな湖の跡がある――宿舎の大型ターミナルで検索したそんな知識を、ニコルが得意げに教えてくれた。
ギムナンで日本語が何となく通じるのは、カナダではある時期に富裕層を中心として日本からの移住者が急増した、そんな歴史の影響があるらしいが。
「よーし下ろすぞトンコツ! そっち合わせろよ!」
「ほ、ほいさっ……!」
ガラスよりは相当丈夫だが、この
どうにか所定の位置にパネルを下ろすと、あとはクレーン作業の技能を習得した作業員たちの仕事だ。リグを使わずに生身で玉掛けを行い、勢いがつきすぎないよう慎重にクレーンを動かして、窓の開口部へとはめ込んでいく。
「ふーっ……」
「高い所は苦手か? だいぶ苦労してるようだな。センチネルで警備にまわった方がよかったんじゃないか」
「うーん、作業用の重機を扱うために一応免許は持ってたから、こっちでも役に立てるかと思ったんだが……考えてみれば、タワークレーンとかは未経験だったんだよなあ」
ともあれあと半分だ。それで採光窓の修理は終わる。未処理の雨水にはやっぱりまだ、大気圏上層を漂う有害物質や、放射性核種の微粒子なんかがわずかに含まれていて、ギムナンが所有する貴重な有機土壌をそんなものにさらすわけにはいかないのだった。
普段は決して友好関係とは言い難い他所の
* * *
作業は午前中には大体めどがつき、クグツの「手」はお役御免になった。そこで俺たちは午後からセンチネルに乗り替え、「天井」外周部での警備にまわることになった。
交代に備えてぱさぱさしたサンドイッチを頬張りながら、俺は昨日のタタラとの戦闘と今日の作業を反芻していた。
「やっぱ、手があるってのは便利なんだよな……」
盾を装備したタタラは、実際厄介な相手だった。市長がセンテンスを持ち出して同行していなかったら、俺たちは全滅するか、さもなくば奴らが何をしようと手出しできないままやり過ごすしかなかっただろう。
それにクグツのような安っぽい造りのマシンでも、手があることで繊細な作業までこなせる。パワーショベルのようにいちいちバケット部分を交換せずとも、工具を持ち換えるだけで複数の用途に対応できる柔軟性も確保できるというわけで。
「なあ先輩。R.A.T.sでセンチネル使ってるのは、やっぱり安いからか?」
「んグ。なモガッって?」
サンドイッチを頬張ったまま喋ろうとして、ゴードンがすごくモゴモゴした。先に飲み込んでからにしろ。
「むパァー……えっとな、調達費のことを言いたいんならそれもあるが……一番のメリットは、操縦が簡単で覚えやすいし、機体の構造がシンプルで整備も楽だ、ってとこだな。現にほら、トンコツはまだ三日目だろ。でも一昨日に続いて昨日も敵を墜としてる」
「昨日は、まあ……あれは市長が」
「それはそうかもしれんけど、まあ誇っていいんじゃねえか。で、センチネルに関して言えば、うちみたいにいつ誰が殉職するかわからん職場に、あんまり熟練の必要な機体は合わねえ、ってことでもあるな」
なるほど――一見整然とした回答ではある。だが、俺は一抹納得いかないものを感じた。有志でやってるような体裁の割には、いざというときは人員は使い捨てなのか?
そう考えてはたと気づく。
そうか、ここは半ば閉鎖された環境にあって限られたキャパシティをやりくりし、インフラの通っている部屋や食料の配分にも頭を悩ますような街なのだ。
(ああ……レダが傭兵になって出て行ったってのも、もしかしたら……)
なにかそういう、肩身の狭さというか息苦しさのような物から自分を解放したかったのかもしれない、と思った。そして姉である市長が、自ら貧乏くじを引いてそれを支えたというわけなのか?
ここに来てから見たもの、考えたこと、様々なものが頭の中をめぐってぼんやりとした形をとる。それはすでに提示された一つの可能性に、よく似たものになっていくように思えた。
「昨日墜とした『タタラ』だが――あいつの残骸は回収したんだよな?」
するっと、そんな言葉が口から滑り出た。
「ああ。夜間組が朝の交代のあと現場へ行って、拾い集めてきたみたいだ」
「あれを――あれの腕を、センチネルにつけるとか……そういうのは可能かな?」
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