09-43 失敗するわけ無いだろ!
「これが、チュラ島が見舞われている呪いの正体と――私が犯した罪です」
そこまで話し終わるとローラは深い溜息を吐いた。
何百年もの間きっと誰にも話せず独りで抱え込んできた胸の内を、今こうやって話してくれたんだ。
あまりにも壮絶なその内容に、俺もティンクもかける言葉が見つからない。
……三人揃って黙り込んだ後、最初に口を開いたのはティンクだった。
「……話は分かったわ。にわかに信じられないけど、他に何も情報が無い以上その話を信じるしかないわね。――ていうか、仮にその話が本当だとしたら、罪もなにもあなたは別に何も悪く無くない!?」
ティンクの言う通りだ。
ローラは愛する人とただ一緒に居たかっただけで、あの男が一方的に悪いような気がする。
敢えて言うなら男運が悪いというか……まぁ、色恋の云々に関しては俺は意見出来るほど詳しく無いけれど、でも一つだけ確かな事がある。
「――確実に悪いのは、その男の錬丹術の腕だな」
ローラとティンクがこっちを振り返る。
「ろくな腕も無いのに禁忌に手を出して、失敗した挙句に招いたのがこの事態って訳だろ。同じ学問を志す者として、錬金術を私利私欲に使うなとは言わない。まぁ俺も商売に使ってるからな。ただ……自分の失敗で人様に迷惑をかけといて、それを放ったらかしってのは同じ錬金術師として許せねぇな!」
錬丹術と錬金術。
流派は違えど、同じ術者として。先人がやっちまった過ちは誰かが尻を拭わないといけないだろ。
覚悟を決めて祭壇に向かおうとしたが……駆け寄ってきたティンクに止められてしまった。
「待ちなさい! 気持ちは分かるけど、やっぱりここは一旦引くわよ」
「いやいや、ここで引いたら他に誰がやるってんだよ!?」
「その子の話聞いたでしょ!? これは私達が思ってたよりも遥かにヤバい代物だわ。下手に手を出してもし失敗でもしたら……どんな事になるかは今さっき聞いたでしょ」
それは……確かにそうだ。
相手は島全体を覆うような強力な呪い。
下手すれば俺も亡者の仲間入りか、場合によってはその程度じゃ済まないかもしれない。
「――ほんと、仕事でもないのに割に合わないわね」
大きな溜息をつくティンクを見て、ローラは下を向き小さく一言だけ呟いた。
「本当に……ごめんなさい」
ティンクが怒る気持ちも分かる。半分騙すような形でローラが俺をここに導いたのも事実だ。
だから……ティンクは俺の為を思ってこれ程怒ってくれてるんだろう。
「……あのさ、ローラ。もしかしたらただの思い上がりかもしれないけど――何で俺を選んだんだ?」
「……え?」
「だってさ、いくら今は島に錬金術師が居ないとはいえこの数十年で誰一人として来なかった訳じゃないだろ? 他にもチャンスはあったはずだ。なのに何で俺だったのかなぁと思って」
「そ、それは……」
「そんなの、あんたが騙されやすそうな顔してるからに決まってんじゃない」
ティンクが横から口を挟む。
「そ、そんなのじゃないです!」
慌てて訂正するローラ。
「勿論……マグナスさんを見て優しそうな方だなと思ったのはあります。けれど、それよりも……」
一度言葉を切り、今度はしっかりとティンクの目を見据えて言い返す。
「マグナスさんが信頼出来る錬金術師だと思ったからです。長い間、私にとって錬金術……練丹術というのは不幸を招いた憎むべき物でした。けれど、錬金術屋さんで楽しそうに話すマグナスさんを見て、あぁ、この人は本当に錬金術が大好きなんだと思いました。この人ならもしかしたら、この島を救ってくれるかも知れない、そう思って――」
そこまで言い終わると、ローラはガバリと俺に向かって頭を下げた。
「お願いします! 無茶な事を言っているのは重々承知です。私の我儘でマグナスさんを危険な目に合わせいる事も。けれど……他に頼れる人が居ないんです。どうか、どうかこの島を救って下さい! お礼にお渡し出来るものは何でも……価値のあるものは何も持っていませんが……私の命でも何でも差し上げます! 人魚の肉体なら錬金術の素材としてそれなりの価値があるはずですし――!」
泣きそうな顔をして縋り付くように早口で捲し立てるローラ。
その頭をポンと撫でる。
「ローラはもう少し自分の事を大切にした方がいい」
「……え?」
言ってる意味がわからないのか口を開けて固まるローラにニカリと笑い返した。
「ティンク。心配してくれるのは嬉しいけど――悪い、俺やるわ。リスクがどんなもんだろうが、要は失敗しなけりゃいいんだろ?」
「――本気で言ってんの?」
いつになく真剣な眼差しで俺を見つめるティンク。
「あぁ勿論。それに――俺は“色欲の錬金術師”だぜ。女の子が泣いてお願いしてんのに断れる訳ないだろ!」
ちょっと格好つけて笑って見せる。
「……はぁ、好きにしたら」
呆れて言葉を失うティンク。頭を抱えながらも渋々祭壇の前から離れて行く。
ティンクの性格上、本気で止めようと思えば
そうしないという事は口ではなんだかんだ言いつつも、つまり認めてくれたということだ。
「サンキュー。感謝する」
本当の所、成功率がどれくらいなのかは分からない。
いつも使ってる錬金術ならまだしも、初めて見る"練丹術"とかいう代物だ。
しかも島一つを呪ってしまうほどの強力な魔法。
けど……今ここで俺が退けば島は只では済まない。
ローラが必死に守ってきたこの島美しい島を、また死の島になんかさせたくない。
「――やるぞ!」
「はぁ。もし失敗して亡者にでもなったら、シスターに浄化してもらうからね! 覚悟しときなさい!」
ティンクにバンと背中を叩かれる。
「えぇ……それはちょっと」
シスターの浄化……肉片一つ残さず消滅するまでボッコボコに殴られ続けるとかなのかな。想像するだけで恐ろしい。
これは絶対に――失敗出来ないな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます