09-25 海辺で育つ花
「――おーい! あんたら、そんな所でどした!? 危ねぇーぞぉ!」
不意に、海風に混ざって人の声が聞こえてきた。
辺りを見渡してみると、高台の下、さっき俺たちが歩いてきた海岸沿いの細道に人が立っていた。農具を担いだおじさんだ。
「あ、すいませーん! 私達、雷花の農園へ行きたくて! 場所分かったりしませんかー!?」
ティンクが口に手を当てながら大声で叫ぶ。
「んー!? あんたら他所の人かい!? 農園ならすぐそこさね! 行きたいなら連れてってやっから降りてきんさい! 足元気ぃつけてな!」
高台から降りて話を聞くと、おじさんは雷花農園の従業員らしく丁度畑の様子を見に行く所だったらしい。
「しっかし何だって観光客が農園なんかへ? 何も面白いもんなんかありゃせんぞ」
そう言いながらも、雷花の育て方なんかをニコニコと話して話してくれるおじさん。きっと畑仕事が好きなんだろう。
「……実は、頼まれて最近の異常気象について調べてるんです。もしかしたら雷花に何かヒントがあるかもしれないと思って」
「異常気象ったらあの嵐け? いくらなんでもあんな嵐と雷花が関係があるとは思えんけどなぁ」
おじさんが眉をひそめ難しい顔で呟いた。
……
それから暫く歩くと、谷間の開けた斜面に到着した。
「――ほれ、着いたぞ!」
着いたぞ……といわれましても。
目の前に広がるのはさっきの高台からも見えていた何の変哲もない草むら。
近くで見ると確かに杭やロープが張ってあり、一応農園の体は成している。
ただ、一面に生えている草には花も実も一切成ってないので、失礼ながら遠目からだとただの雑草と見分けがつかなかった……。
「例年だとこの辺り一面真っ赤な雷花で埋め尽くされるんやけどなぁ。今年は見ての通りやわい」
おじさんが大きな溜息をつく。
確かに辺りに生える雷花の苗はどれもしなびて元気が無い。
「ていうか、そもそもこんな海辺で花なんて育つの?」
しおれかけの苗をさすりながらティンクがおじさんの顔を見る。
「ん? ああ、雷花は独特な特徴があってな。海水を養分にして育つんや」
「――え、本当ですか!? そんな植物聞いた事ないですけど!?」
思わずしゃがみ込んで雷花の茎をじっと覗き込む。
一般的に植物にとって塩は猛毒だ。塩を雑草に撒けば簡易的な除草剤になるくらいに植物をダメにする。
「確かに他では聞かんかもしれんな。けどチュラでは子供でも知っとる事や」
「……"塩生植物"っていうのよ。あんたも錬金術師ならそれくらい知っときなさい」
「おっ! お嬢さん中々詳しいの!」
おじさんの横に立ち、腕組みをしながらさも偉そうに講釈を垂れるティンク。
いや、錬金術師関係ないだろ。
「――そんじゃ、ワシは仕事するから後は好きに見て周りんしゃい。海に落ちんようにな」
農作業を始めたおじさんに礼を言って、農園沿いを見回りながら海の方へと降りて行く。
――
「またほんの少し話が繋がったんじゃない?」
「だな。海から現れる亡者に、海水を吸って育つ花か。そうなると今度はこの海自体に何か原因があるように思えてくるな」
出来るだけ波の穏やかな岩場を見つけ、しゃがみ込んで浅瀬の中を覗き込む。
透き通った海中で鮮やかな色をしたカニが、俺たちの姿に驚いてさっと岩陰に身を隠した。
……で、仮に海に原因があるとして。この後何を調べりゃいいんだ?
とりあえず、海水を指に付けて舐めてみる。
「……しょっぱいな」
同じようにティンクもひと舐め。
「……ええ。しょっぱいわね」
「とりあえず味は……普通みたいだな。てか、海水ってこんなもんなのか?」
「知らないわよ! 海来たの初めてだって言ってるでしょ」
まぁ、確かに。
「……ホテルの海もこんなもんだったっけ?」
「さぁ……。波にさらわれてしこたま海水飲んだんだから、あんたの方が覚えてるんじゃない?」
……ダメだ。
海の無い国出身の俺たちだけで海について議論してても埒が明かない。
「しゃーない。そんじゃ、ここは満を持して海の"専門家"に登場して貰いますか!」
「それが早いわね。準備して来て良かったじゃない」
周囲を警戒し、岩陰から身を乗り出しておじさんの様子をうかがう。
遠くで作業をしている姿が見えるけれど、向こうからこっちは丁度岩の死角で見えない。これなら大丈夫だろう。
懐から【メロウのトライデント】のポーションを取り出す。
岩場にポーションを撒こうとして……ふと気になった。
「……ポーションって、海水と混ざっても大丈夫なのか? まさか途中で成分が変わったりしないよな?」
「ど、どうかしらね。そういえば水の中に撒いた事なんて無かったわ……。念のため陸地に撒きましょ」
波打ち際から少し離れ、近くにあった大岩の上でそっとポーションを撒く。
少し待つとお馴染みの淡い光が立ち込めてきた。
(ヤバイ――目立つか!?)
一瞬焦りはしたけれど、南国の太陽の眩しさのお陰でそこまで気にはならないようだ。
やがて、光の中から薄青色の髪が印象的な美しい女性が姿を現した。
その瞳は南国の海の深淵を思わせるように静かな蒼を湛え、大人びた笑みで優しく俺を見つめている。何処かもの寂しさを感じさせる儚げなお姉さん。
そしてなにより驚いたのは、その下半身。人間ならば二本の足があるその代わりに……魚の尾びれが生えている!
――人魚だ!!
シスターの時も初見で驚きはしたけれど、これはさすがき予想外だった。
姿に声も出さずにただただその姿に見つめていると……お姉さんはいきなりパタリと倒れてしまった。
そしてビッタンビッタンとその場で跳ね回る。
「……へ?」
「……み、みず。……みずに、いれて」
地面に突っ伏し、そのまま動かなくなってしまった【メロウのトライデント】さん。
(※長いから以下“トライデントさん”としよう)
顔を寄せて何を呟いているのかじっと聞き耳を立てる。
「み、みず。はやく」
……みみず?
――水!!
「ちちち、ちょっとティンク、手伝え! 海に浸けるんだ!」
「わ、分かった!!」
二人がかりでトライデントさんを持ち上げ、ある程度深さのありそうな浅瀬へと放り込んだ。
この時ばかりはティンクが力持ちで良かったと思ったぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【メロウのトライデント】
世界中に数多とある人魚伝説だが、その中の"メロウ"という種族が愛用したとされる
実際に伝説の武具とかそういう訳ではなく、柄におとぎ話上のメロウを模った彫刻が施されている事からこの名がついた。
武器としての威力もさる事ながら、その美しさから美術品としての価値も高い。
さらには雷の魔力まで秘めており、雷属性の魔法媒体としても使用できる。
……が、水辺で雷の魔法は危ないのでやめましょう。
※メロウのトライデントさん
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