09-03 旅のお供はメロウのトライデント

「ご、ご主人様。あの、一緒に行けるのはとても嬉しいのですが……本当に私で良かったですか?」


 あんぐりと口を開ける俺を目の前にして、申し訳なさそうにモジモジと両手の指を合わせる……木の盾ちゃん。


 まぁ……確かに、木の盾ちゃんか麻の服ちゃんなら、コストと魔力の両面でこちらとしてもとても助かる訳だけれど……。


 ただ……。

 ――ちびっ子達の水着を見た所でなぁ。


 ティンクのやる事だからまさかと思い、念の為他のクジも全部開いてみたがちゃんと全員の名前が書いてあった。

 公正なクジ引きで決めた以上屁理屈をこねる訳にもいかず、ここは素直に従おうと覚悟を決めたところ――木の盾ちゃんの方が先に口を開いた。


「あの、せっかくお誘い頂いたのに申し訳ないのですが――今回は私、お留守番していようと思います」


「えっ!? なんで?」


 思考が顔に出ていたのかと思い一瞬焦る。いや、さっきのは冗談だよ。


「公平にくじ引きで決めたんだから遠慮なんかする必要ないわよ!」


 明らかに俺の思考を見透かしていたティンクが木の盾ちゃんのフォローに回った。これに関しては全くもってティンクの言う通りだ。


「いえ、実は私……泳げなくて」


 恥ずかしそうに上目遣いではにかむ木の盾ちゃん。


「せっかくの海なので、どうせなら思いっきり楽しめる人に行って欲しいなぁと思うんです……」


 な、なるほど。さすが木の盾ちゃん、その健気さはさすがだけれど……言われてみれば心配な事が。


「……そう言えばマグナス、あんた泳げるの?」


「まともに測ったことないけど、50メートルくらいなら。お前は?」


「25メートルくらいならいける気がするわ。まともに泳いだことないけど」


「……」


 互いに黙って見つめ合う俺とティンク。


「マズイな。今回護衛の人数を割いて俺たちを招待してくれたって言ってたからな。いざという時は俺たちが護衛の代わりだ。水辺でのミッションにしては……泳力のある人が居ないとちょっと心配だな」


「そうね、木の盾ちゃんの言う事も一理あるわ。ちゃんと水辺に対応出来る人選にしましょ」


 うんうんと元気よく頷いてくれる木の盾ちゃん。ホントいい子だ。


 ――さて、となると真面目に誰を連れて行くべきか考え直さないとな。


 よくよく考えると、うちの戦闘要員はロングソードさん、シルバーソードさん、シスター、木の盾ちゃんの4人だけだ。

 その中でも半分は武器じゃないという。


 案外と選択肢は少ないな。


 諸々考慮して万能さで考えるとロングソードさん一択なんだけど……なんとロングソードさん、錆びるので海水はNGとのこと!


 となるとシルバーソードさんか? ……いや、場合によってメンタル面でちょっと心配だな。


 シスターはアンデット特攻だし……一応。てかシスターが大暴れするような事態になったらそれこそリゾートどころじゃない。



「――仕方ない、ここは戦力増強も兼ねて新たな助っ人を用意するか」


「そうね! 今まで水辺でのミッションなんて無かったからね。店は私が見とくから、工房でレシピ調べてきなさいよ」


 木の盾ちゃんと一緒にクッキーをつまみ始めたティンクに店を任せ、一旦工房へと戻る。



 ――



「さてと。それじゃあ久々に新しいアイテムの錬成といきますかねー」


 誰も居ない工房で独り言を口ずさみながら、棚からじいちゃんの研究ノートを取り出しパラパラとページを捲る。

 武器について纏められた章を見つけ出し、1ページずつ確認していく。


「水辺でよく使われる武器といったら……トライデントか」


【三又槍(トライデント)】


 先が3又に別れた槍で、元々は海や川での漁に使われていた。

 それがやがて武器としても使われるようになったという経緯があり、今でも海賊や船乗りは戦闘によく使うそうだ。


「んー、一言にトライデントって言っても色んな種類があるんだな……お、これなんか良いんじゃないか? 【メロウのトライデント】」


 “メロウ”とは伝説に数多く残る人魚の中の一種で、美しい女性の姿をした種族だ。

 メロウが姿を現すと海は嵐と雷鳴で荒れ狂い、どんな立派な船もたちまち海底に引き摺り込まれる……と船乗り達に恐れられている人魚らしい。


 ちなみに、人魚は魔物とは違って実在しない伝説上の生き物だ。

 世界各地に様々な伝承はあるけれど、未だその姿をはっきりと捉えた人は居ない。サハギンや水辺に生息するリザードマンを見間違えたんだろうってのが現在の定説だ。


 当然会った人も居ないし、槍なんか持ってるのかもわからない。

 だから【メロウのトライデント】も、あくまでもそういう名前の武器なだけで実際メロウが使っている物ではない。



 ……話が逸れたけれど、このトライデント。武器としてだけじゃなく魔法アイテムとしても高性能らしい。中々良さそうだな。よし、これにしよう!!


「えっと、必要な素材は……」


 ・サハギンの得物えもの 特性“水属性”

 ・桃色の巻貝   特性“幸運”

 ・雷花らいか      特性“神秘”

 ・海水      特性“塩化耐性”


 ――うん。

 どれも見事にストックが無い。

 ただ、サハギンの獲物以外はどれもそう珍しい素材じゃないな。普段から多用するような物じゃないから常備してないだけで、街の道具屋に行けば揃うだろう。


 店に戻りティンクに留守番をお願いして買い出しへと出かけた。



 ――――



 ……その日の夕方を過ぎた頃。


「……た、ただいま」


「あっ! やっと帰ってきた!! あんまり遅いから探しに行こうと思ってたところよ!! ったく、こんな時間まで何処行ってたのよ? 素材の買い出しに丸半日かかるって、あんた何作ろうとしてる訳!?」


 やっとの思いで素材を集めてきた俺に、怪訝な顔を向けるティンク。


「いや、行きつけの店を何軒か回ったんだけど……探してた素材がなっかなか見つからなくてな」


「どんなレアな素材よ?」


 ノートを書き写して持って行ったメモを見せる。


「……サハギンの得物? まぁ、確かにサハギン自体この辺じゃ見掛けないものね。そのドロップアイテムを手に入れるとなると中々難しいかも――」


「いや、それは割とすんなり目処がついたんだよ。街の道具屋には無いけど、王都から取り寄せればすぐに手に入るって。巻貝も海水も有ったんだけど……“雷花”が何処も在庫切れで売ってなかったんだよ」


「“雷花”? 聞いた事あるわね……確か、線香花火みたいな変わった形の真っ赤な花じゃなかったかしら。……そうそう、通称“花知らず”ね。昔は花屋とか道具屋で普通に売ってたと思うけど」


「そう。昔だけじゃなくて今も普通に出回ってるさ。観賞用として人気も高いし、それ以外にも毒性のある球根は毒薬や魔物退治用の毒餌の原料になるから錬金術用以外にも結構需要はあるはずだ」


「そうよね。何でそれが見つからないのよ?」


「それがな、過去に無いほどの品薄なんだとさ。実はこの花の主な産地が、例のチュラ島らしいんだよ。毎年今の時期になると大量に入荷するらしいんだけど、どういう訳か今年は入ってくる数がめちゃくちゃ少ないとかで。一応王都中の道具屋に声はかけてくれるって事だけど、結構値が張るかもしれんって言ってたわ」


「へぇ……。天候が悪くて凶作にでもなったのかしらね」


 まったく、思わぬ苦戦と出費だ。

 別のアイテムに切り替える手も無い訳じゃないけれど、他の素材はもう買ってしまったからな。


 “雷花”。

 花言葉は『諦め、別れ……悲しい思い出』


 この何処か儚げな花が、たまた不作で、その産地がたまたま俺たちの旅行先。

 ……考え過ぎだとは思うけれど、何となく宿命めいたものを感じて胸が騒つくのだった。



 ……



 その後、数日のうちにどうにか【メロウのトライデント】の素材は揃った。

 “雷花”の値段が目玉が飛び出る程の高額だったり、サハギンの得物を釜にぶち込もうとして天井を突き刺したりと色々アクシデントはあったものの――どうにか出発日までに“メロウのトライデント”のポーションが完成した。


 材料不足で最低限の数しか作れなかったからお披露目は現地でだな。

 まぁ、これを使うような事態にならない事を祈るばかりだけど。

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