06-17 「お帰りなさい」と言える幸せ

 その後、街中を歩き周り出来る限りの聞き込みをしてみたがあまり有力な情報は得られなかった。


 唯一分かった事は……ロンドの一般市民の歪んだ感情。

 表向きは皆一様に“庶民のヒーロー キティー・キャット”を称賛するが、その一方で賞金目当でイベントに参加するという人も大勢居る。

 決して楽ではないロンド市民の生活を考えるとやはり背に腹は代えられない。金の為なら自分達のヒーローを売るのもやむなしという事だろうか……。

 スピカお嬢様の言う通り、今や街中がキティー・キャットの敵だ。

 こうなる事を見越して今回のイベントを企画したあたり、あの嬢様は相当な策士と言えるだろう。


 日も暮れてきたので、聞き込みを切り上げてルルさんの待つ家へと戻る事にした。


 知らない街の裏路地はまるで迷路だ。

 何度も道を間違えながは、その度にティンクとアッチだコッチだと喧嘩しつつどうにか家にたどり着けた。


『ただいま』と思わず玄関を開けそうになって一瞬躊躇う。


(いや、自分の家じゃないしな)


 『こんばんは』か? それも今更他人行儀な気もする。

 そもそもノックはすべきなのか? いや、すべきだよな。ご厚意で泊めてもらってるだけの居候いそうろうだしな。

 一度疑問に思うと次々に細かい事が気になり思わず玄関前で固まってしまう。


「なに突っ立ってんのよ? ここで合ってるわよ!!」


 家が合ってるかどうかで迷ってると勘違いしたらしく、固まる俺を押しのけ我先にドアノブを握るティンク。


「たっだいまー!」


 ノックもせずに勢いよくドアを開けると、大声で叫びながら家の中に入っていく。


(こ、コイツは遠慮やデリカシーって物が無いのか!?)


「――あっ! お帰りなさい!」


 キッチンから声が聞こえ、ルルさんがパタパタと駆け寄ってきた。


「おかえりなさい!」


 玄関で俺たちを迎えると、満々の笑みで改めておかえりを言うルルさん。


「ただいま!」


 にんまりと笑ってティンクもう一度ただいまを言う。


「お仕事お疲れ様でした。ご飯出来てますよ!」


 しまった! そういえば戻りの時間を伝え忘れてた。それなのにご飯を用意して待っててくれたのか。

 リビングの机の上には色とりどりの料理が所狭しとと並んでいる。


「すごーい! これルル一人で全部作ったのよね!?」


 目を輝かせて食卓の上の料理たちを眺めるティンク。


「はい! ティンクさんほど料理上手じゃないから、ちょっと不安だけど……頑張って作ってみました!」


「えぇ!? そんな事ないわよ! 昨日のルルのご飯すっごい美味しかったもん!」


 さっと手を洗うとさっそく昨日も同じ席に着くティンク。


「さ、マグナスさんも座ってください」


 ルルさんが俺の荷物を受け取り棚へと置いてくれた。


「ありがとうございます。 ――なんだか楽しそうだけど、ルルさん何か良い事でもあったんですか?」


「それはもう!! だって……『ただいまって』誰かが帰ってきてくれて、それを『おかえり』って出迎えられる。そんなの久しぶりですから――嬉しくて!」


 心から嬉しそうに、目を潤ませて笑うルルさん。そうか……お父さんが逮捕されてからずっと独り切りなんだもんな。街の人々の様子からして助けてくれるご近所さんも居ないだろうし……あのスピカお嬢様だけが唯一の話し相手か。


 そう思うと、ティンクのこのわざとらしいまでに厚かましい態度――まさかルルさんの事を思ってだったのか?

 さすがに考えすぎかもしれないけれど、あいつには人を自然と惹きつける魅力があるのは確かだ。

 最初の頃は誰もが見惚れるその容姿のせいかと思ってたけれど……本当は誰に対しても分け隔てなく等身大でぶつかるこの態度が皆を惹きつけるんじゃないかと、そう思うようになった。まぁ、見ててハラハラする事も多々あるけどな。



 ………



「ふー! 食べた。おなかいっぱいだ」


「美味しかった~!」


 用意された料理を大方平らげ、皆で食後のお茶を頂く。


「良かったです、喜んでもらえたみたいで!」


 空になったお皿を眺めながら満足そうに微笑むルルさん。


「そういえば、お仕事は上手くいきましたか?」


 お茶を一口飲み、思い出したように問いかけてくる。


「あー……。ぼちぼちかな」


 キティー・キャットの件、盗賊マントさんの事、スピカお嬢様に会った話。ルルさんには話せない事だらけなので何とも曖昧な返事になってしまう。


「そうですか。それは良かったです!」


 俺の曖昧な答えにも怪訝な顔一つ見せず自分の事のように喜んでくれた。

 その笑顔が何だか申し訳なくて心が痛む。


「そういえば……ちょっと街で耳にしたんだけど、ジェルマン家って知ってる?」


 ティンクがそれとなく話を振る。


「えぇ。あ、キティー・キャットの件で噂になってたんですね? もちろんです。ロンドの街で一番の大貴族ですよ。確かノウム全土でも 5本の指に入る程の大貴族だって話ですけど」


 確かに。事前に調べた情報の通りだな。


「……ん? って……昔はもっと凄かったって事?」


「はい。私がまだ生まれる前の話なので父から聞いただけですけど……。先代の当主様の頃はそれこそノウム随一の権力を持つ大貴族だったそうですよ。当時の当主様というのが、それはもう立派なお方だったそうで"ノブレス・オブリージュ"の思想の元、街の発展や市民の生活の質向上に努めロンドを大きく発展させた方だそうです」


「ノブレ……何それ?」


 聞き取れなかったようでティンクが首を傾げる。


「"ノブレス・オブリージュ"。『身分の高い者はそれに相応した社会的責任や義務を負い、その役目を果たさなければならない』ってゆー貴族の考え方の1つだな」


 ルルさんに変わって答える。


「へー。あんたよく知ってるわね」


 俺も一応貴族だからな、と口をついて出そうになり慌てて言葉を飲み込む。ルルさんは貴族を嫌ってるはずだからな。


 ルルさんが話を続ける。


「けれど、その思想が富を独占したいノウムの貴族達のかんに障ったそうなんです。他の貴族たちから度重なる嫌がらせを受け、ジェルマン家の地位を現在の位置まで落とす事になってしまったのだとか」


 成程……。街の発展と市民の為に尽くした結果がその仕打ちか。

 残念ながらノウムの情勢を見る限り、いくら庶民からの支持が厚かろうが、貴族間の闘争では何の力にもならなかったんだろう。


 今の当主があれほどまで庶民を憎むのは、先代の件があってなのかも知れないな。

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