06-16 ロンド市警のシャーロ刑事

 ――根負けしたのか、はたまたこれ以上無駄な時間を掛けたくないのか。お嬢様はやや気怠そうに口を開くと口早に話し始めた。


「……このイベントを提言したのは私なの。お父様ったら、キティー・キャットから予告状が届いた途端に狼狽しちゃって。この世の終わりみたいな顔をして喚き散らすものだか、見てられなくてね。それで助け船を出したの」


「このイベントのどこが助け船なんスか? ただキティー・キャットを煽ってるだけのように思うっスけど」


 腕組みをして首を傾ける盗賊マントさん。


「キティー・キャットに狙われたが最後、どれだけ守りに徹しようが意味は無いわ。頑丈な金庫を用意しようと、全ての窓に鉄格子を入れようと、彼女はそんな物意にも介さずお宝を盗んでいく。それはこれまでの事件でも実証済みよ」


「へぇ。怪盗だなんて呼ばれるだけあって中々やるもんスね」


 同業者とあってか、キティー・キャットの活躍を聞く盗賊マントさんは何だか楽しそうだ。


「いくら金持ちとはいえ個人で出来る防衛には限りがあるものね」


 対するお嬢様も、盗賊マントさんの挑発的な態度を受けるかのように話を楽しんでいる。


「けれど――街中全員が敵ならどうかしら。さすがのキティー・キャットも、何百、何千という人々の目に晒された中で盗みを働くなんて出来っこ無いわ。知っての通り、今や街中の"目"が彼女を監視している」


「……成る程、街中の注目を集めて群衆に見張らせるって作戦っスね。上手くやったとは思うっスけど……そもそもキティー・キャットにとってみればわざわざそんな作戦に乗ってやる義理なんか無いんじゃないっスか? 別に何日か日をずらして人々が油断した頃に盗みに入れば良いだけの話」


「ふん、あの義賊気取りの泥棒猫が約束を反故にして逃げるような真似をする訳がないわ。彼女は絶対に来る」


 勝ち誇ったように鼻で笑うお嬢様。


「随分な自信っスね。……でも、アタイもそう思うっスよ。キティー・キャットは金の為に盗みをするようなチンケな盗賊じゃないっス。彼女も自分の流儀は曲げないタイプっスよ」


 まるで自分の事を誇るように、盗賊マントさんはニンマリと笑う。


「……随分と知ったような口を叩くわね。とにかく、これで話は終わり。分かったらさっさと屋敷から離れなさい。次は助けてあげないわよ」


 最後にもう一度俺たちを見渡すと、お嬢様――スピカ・ジェルマンは屋敷へと戻って行った。



「……ふぅ、やれやれ。どうなるかと思ったけど助かったぜ」


 辺りに誰も居なくなった事を確認してホッと肩を撫で下ろす。


「全くよ。最悪あんたを警察に売り渡して私だけでも助かろうかって考えてたけど、厄介なことにならなくて済んだわ」


 嘘とも本気とも取れない顔でしれっととんでもないことを口走るティンク。


「……お前、冗談でも酷いぞ」


 そんなやり取りをしている俺とティンクの横で、盗賊マントさんはじっと屋敷を見つめている。


「何か気になる事でも? また捕まる前にさっさと退散した方が良いんじゃ……?」


「――あの2人、揃いも揃って何を隠してるんスかね?」


 難しい顔をしてポツリと呟く盗賊マントさん。


「2人? サン・ジェルマン伯爵とスピカお嬢様の事?」


 伯爵はともかく、お嬢様の方はとても嘘をついてるようには見えなかったけど……。


「そうっス。2人とも会話の節々から"嘘"のニオイがプンプンとするっス。――しかもそれだけじゃなくて。……この屋敷、何か変っス」


 盗賊マントさんが屋敷を取り囲む塀を指差す。


「急拵えなせいか、周りを囲む塀の高さも作りもまちまちなんッスけど――一番厳重に守られてるのが何もない中庭の辺りなんっスよ。普通守りを強化するなら大事な屋敷の周りから手を付けるはずなんスけど……何で中庭なんか。それに、なによりこの嫌な臭い……」


 腕組みをして考え込む盗賊マントさん。

 そんな彼女の横顔を黙って見ていると、遠くの方から見回りの衛兵がやって来るのが見えた。


「――と、とにかく一端離れよう!」


「あ! アタイはそろそろ時間みたいなんで、どっかその辺に適当に隠れてやり過ごすっスよ。屋敷の様子は大体分かったんで、後は明日の本番次第っスね!」


 それじゃあと手を振ると、盗賊マントさんは付近の物陰へと華麗に身を隠す。


「それじゃ俺たちもずらかるぞ!」


「……まるでこっちが盗人ね」


 ティンクの冷ややかなツッコミに苦笑いしつつ、俺たちもその場を後にする。



 ―――



 どうにか衛兵に見つからずに正面広場へ戻ってきたところ……


「あの〜。すいませーん」


 一息つく間もなく、突然一人の男から声を掛けられる。


 年季の入ったカーキのロングコートに履き古された革靴。

 元は中々のイケメンなんだろうが、無精髭とボサボサ髪のせいで何とも胡散臭く感じるくたびれた中年男性だ。

 ……そう言えばうちの店の客にも似たようなのが一人いたな、とふとモリノの事を思い出す。


「君たち、さっきサン・ジェルマン伯爵と何か話してたよね?」


 ヘラヘラと愛想笑いを浮かべながら話しかけてくる。


(……見られてた!? 周りに人は居なかったはずだけど……)


「……それが何か? 今急いでるんだけど」


 相手の素性が分からない以上余計な事は言わなに限る。とにかくさっさと切り上げてここから離れよう。


「あ、ごめんなさいね。俺、こういう者なんだけど――少しお話し聞かせて貰ってもいいかな?」


 そう言って懐から取り出した手帳のような物を俺に見せる。


「シャーロ・ボーハル警部。 ……! ロンド市警!?」


 うんうんと首を縦に振る男。

 男が手にしていたのは警察手帳だった。


(この胡散臭い男、刑事かよ!?)


 慌てて隣を見ると、ティンクが他人のフリをして一人だけ逃げようとしてたので、しっかりと首根っこを捕まえる。


「ちょっと! 私は関係無いから! 悪いのは全部こいつです!」


 ビシッと俺を指差すティンク。


「ちょ、おまえ、ズルいぞ!!」


 走って逃げようとするティンクの腕を全力で引っ張る。


「はは、仲が良いねぇ」


 俺たちを見て愉快そうに笑うシャーロ警部。


「まぁ、安心してくれ。別に君達を捕まえようって訳じゃない。ただ少し調査に協力して貰えないかと思ってね」


「……協力?」


 ティンクと顔を見合わせる。

 とりあえず逃げる必要は無さそうなので、一旦落ち着いて警部の話を聞いてみる事にした。


 ……


「――そうか。これといって手掛かりになりそうな情報は無し……か」


 残念そうに頭をかくシャーロ警部。


 話によると、現在ロンド市警は深刻な人手不足だそうだ。

 シャーロ警部も複数の事件を掛け持ちしており、怪盗キティー・キャット関連の事件も彼の担当の1つ。

 明日のイベントを前にジェルマン家周辺の見回りをしていたらしい。


「お役に立てずすいません。俺たちも屋敷の辺りを見て回ってただけなのに、危うく捕りそうになって。慌てて逃げてきたんで殆ど何にも分からなかったんですよ」


「そりゃ災難だったな。あの伯爵、自分と娘以外の人間は全員見下してるからな。自分から警察に協力依頼しておきながら、『庶民は屋敷の中に一歩も立ち入るな!』だぜ。そのくせ、もしお宝を盗まれたら責任は取って貰うからな、だって。ホント勘弁して貰いてぇよ〜」


「……ホントめちゃくちゃね」


 黙って話を聞いていたティンクが呆れて呟く。


「まったくだぜ。ま、ノウムは貴族様の国だからな。相手が大貴族ともなれば俺達警察ももはや言いなりだ。ホント、泥棒よりこっちの方がよっぽどタチが悪いぜ」


 煙草をくわえながら忌々しそうに屋敷を見つめるシャーロ刑事。未成年の前だから遠慮してるのか、一応まだ火は付けてない。


「……おっと、今の愚痴は内緒だぜ! あの伯爵にバレたらそれこそクビだ。何にせよ、ご協力感謝するぜ。明日は街中が慌ただしくなるだろうから、スリやら置き引きやらに注意するんだぞ」


 そう言い残すと、シャーロ警部は近くに居た警察官達の方へ向かって歩いて行ってしまった。

 彼を見るなり敬礼で挨拶をする制服姿の警官達。警察手帳なんて初めて見たからもしかしたら偽物かも……と内心疑ってたけど、どうやら本物の刑事らしい。


 殺人鬼に泥棒に貴族……。ホントこの国の警察は大変だなぁと心の中で労をねぎらいながら、改めてその場を後にした。

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