第101話 贅沢を知る

「お、おお、こ、コレを食べていいの!?」

「しかも食べ放題!?」

 トレハとニコラは大皿に盛られたビュッフェに目を奪われていた。

 そこに乗せられた料理達は、豪勢としか言いようのないものばかりだった。

 それもどこか似たような味のレトルト品ではなく、専属のシェフが作り上げる本物の料理だ。


 場所は豪華星間定期便、『ドックウッド』の船内にある大ホール。

 宙域の食堂とそう広さで言えば変わらないが、椅子の配置や配置された料理、更には調度品の質などによって、より広々としているように感じられる。


 木星へと向かうため『ドックウッド』に乗り込んだ三人も、当然そこで食事を取ることにした。


「えっとえっと、私はローストビーフ!もうこの大皿の前に椅子持って来ようかな!」

「お、魚まであるじゃん!よくわかんないけど鮮度抜群な気がする!サーモンステーキとアクアパッツァ、イチト!皿とってくれ!」

「落ち着けバカ共」

 イチトは二人の頭を叩くと、心底面倒そうに息を吐き出した。


 今三人がいるのは、惑星間を移動する宇宙船の中だ。

 イチトは二人を置いていくため、わざと少し高い、所謂豪華客船と言えるようなグレードの船を選んだ。

 しかしトレハは前線に戻ってからはロクに金を使っていなかったため余裕で乗れ、更にニコラも借金がそろそろ返せるから丁度いい、等と宣って付いてきた。


 結果、周囲の乗客から居心地の悪い視線を受ける三人組が完成したのだ。

 せめてもの抵抗として、それらしい服には身を包ませたが、動きがそれに見合っていない。

 ニコラのスカートの裾は翻るし、トレハのシャツは腹のあたりに布が寄って膨らみができている。これでは折角整えてやった髪型も台無しだ。


「大体、少し高い食事だからって騒ぎすぎだろ。落ち着いて食え」

「「無理」」

 二人は皿から零れ落ちそうなほどの料理を盛り、次から次へと料理を口にする。

 事前に教えておいたマナーなど一切忘れたようだ。


「食えっ、食うぞっ!絶対に全部食べ尽くして、他の奴らを餓死させてやる!」

「お前一人で食える程度の量のわけがねえだ

ろ。それに万が一足りなくなっても、補給船で届ける」

「へー、そんなんあるんだね?」

「そりゃそうだろ。宇宙船には絶対に付けなきゃだからな。俺等の……いや、なんでもない」

 トレハは宙域にもついているという話をしようとして、一般人がいる中で宙域の話をするのは得策ではないと思い出した。


「でも美味えもんは美味えな。食いまくろう」

「……はあ。もう勝手にしろ」

「おうともよ!ってかイチト、食べてなくない?どしたんよ?」

 イチトの更に盛られていたのは、ニコラと同じように大量のローストビーフ。そしてバランス良く野菜や豆、パンが添えられている。

 だがその量は明らかに普段より少なかった。


「トレーニングもできないのに食っても無駄だろう」

「ん?ジムついてないの、こんな豪華な場所に」

「お前らの見張りをするために行けねえんだよ」


 イチトの一番の苛立ちの原因は、見張っておくべき二人の存在だった。休日と言えども、体を鍛えようと考えていたし、設備は宙域よりも良いだろうと期待もしていた。

 だが到着してみれば子供のように燥ぐ同僚が二人おり、目を離した瞬間に何をしでかすかもわからず、見張りをする必要が出てきた。

 イチトでなくても腹が立つだろう。


「ともかく、お前らは食事が終わったら絶対に部屋から出るなよ」

「嫌だね。夕飯の後はプールで泳ぐんだ」

「プールなんて小学校以来だな。水着売ってると良いけど」

「出、る、なと言ってんだ!大体お前ら、そんだけ食った上にプールなんか行ったら吐くぞ!」

「じゃあ腹十八分目にしとくよ」

「コイツ……!」


 普段であればイチトが本気で怒れば引く二人も、非日常の空気に酔って全く動じない。

「あ、イチト、喉乾いたからなんか取ってきてよ」

「後で殴り飛ばすから覚悟しとけ」

「まあまあ、俺が取ってくるからさ」

 トレハはピザが焼き上がったのが見えたため、取りに行くついでにとニコラの自分のグラスを持ち上げた。


 だが他所に意識が行っていたせいで、まだ少し残っていたグラスは手から滑り落ちた。

「やべっ!?」

 トレハは咄嗟に手を伸ばし、『星群』で止めるため中の液体に触れようとする。

 イチトはそれが落ちる前に掴むと、今までの注意とは比べ物にならないぐらいに厳しく睨みつけた。


「お前、いい加減にしろ。周りが見えないのか」

 周囲を見渡すと、他の客達。

 こんな場所で『星群』を使えば、宙域として一番避けるべき『星群』を知られることに繋がりかねない。

 

「あっ、そ、その、悪い。」

 トレハは迂闊な自分の行動を悔い、受け取ったグラスを飲み干して、少し足取り重くお代わりを取りに行った。


「今の会話、大丈夫なの?」

「何がだ?あまりに騒いでカーペットを台無しにするバカを叱っただけだ」

 当然イチトは周囲から聞いても違和感のないような言い方というものを心がけて叱った。

 ニコラは暫く発言を吟味すると、確かに自分の指摘が無ければ問題のない発言だったと思い直した。


「なるほどね。そりゃ失礼」

「ニコラ、お前も気をつけろ。それと、船にいる間は俺に触れるな」

「酷いこというなあ。嫌われちった」

 ニコラもそれが正しいことは分かり切っているが、表面上は適当にショックを受けたようにしてそれらしい会話にしておく。


 イチトは既に腹を満たし終えて、ポケットから取り出したハンカチで口を拭い、馬鹿を見てため息をついた。

「ん、何か落ちたよ?黒い布……事件の匂いだね?」

「共布だ。今どき余程の安物じゃなきゃ穴なんか開かねえけどな」

「え、じゃあ要るんだ」


 言われて見ると、ニコラのドレスは注文時に確認したものより数段布の質が落ちているようだった。

「……なんでわざわざ質を落とした?」

「貧乏性で」

「もう罵倒を口にするのも馬鹿らしい」


「持ってきたぞー!」

 少し調子を取り戻したトレハが、ピザを三枚とドリンクを持って戻ってきた。

「おっ、待ってましたよトレハちゃーん!」

「お前、そんなに食えるのか?」

「ん?ニコラも食うしいけるだろ」

「当然!なんなら一人で三枚いけるね!」


 その後も二人はペースを落とさずに数十分間食い続けた。


「……」

「……」

「……んで、どうすんだその残ったパエリアとかは」


 だがそれも永遠には続かず、調子に乗って持ってきた食事が机の上に鎮座する。

「……イチト食べてよ」

「あ?」

「食べて下さい……」

「もう、降りるまで、部屋から出るな。いいな」

「「はい……」」


 

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