ワン・ウィーク・バケーション

第100話 ワン・ウィーク・バケーション

「まーた呼び出されちったよ」

 真っ白な髪がぐしゃっとなるのも気にせず、ニコラは両手を後頭部で組み、足を無駄に大きく振り上げて歩く。

 隣のイチトも最近考えることが多く、眠りが浅いこともあってか少しけだるげだ。


「俺も呼ばれたってことはお前の悪巧みがバレたってわけじゃなさそうだが」

「ちょっとどういう意味!最近はおとなしいんだよ」

「だからじゃないか?そろそろなにかするんじゃないかって、事前に呼び出されたんじゃないか」

「いくらなんでもあんまりでしょうがそれはっ!」

「はいはい、悪かったな」


 適当にあしらうも、ニコラは不満のようでべちべちとイチトの尻を叩く。

「よお、お二人さん。って、何尻触ってんだ」

 横道から現れたトレハは、そんな二人を見て呆れたように呟いた。

「トレハ、これはお仕置きなの。教育方針に口出ししないで」

「親みたいな顔すんな。殴るぞ。それより、そっちも呼び出しか?」

「その通り。このメンツ見ると、次の任務か」

「んでもそんならヴィーシじゃない?最近艦長まじで忙しいらしいし。この前は一週間で三時間しか寝てなかったとか」

「んなわけねえだろ。いいからパッと行くぞ」


 そうして呼び出された場所に時間通り行ってみると、そこにはホログラムの艦長がいた。

 本当に忙しいらしく、目の下には大きなクマができている。いつも以上に覇気がある。

「本人じゃねえなら呼び出すなよ……」

 何が目的か測りかねながらも、顔の中央に浮かんでいる再生ボタンにそっと触れる。


「さて、よく来てくれた。まるで居ないなら呼び出すな、とでも言いたげな視線を向けたことについては不問としておこう」

「うえっ!?」

「落ち着けニコラ。これはホログラムだ。だからこそ最初に脅かして、本物だと思い込むようにしてやがる」

「貴様らを呼び出したのは他でもない、次の任務のための準備を行って貰うためだ」


 イチトの言った通り、ネイピアは会話を気にせずに説明を続ける。

 恐らくは多くの隊員はあの脅しで十分に怯えるため、差分を用意するのは止めておいたのだろう。


「準備って……めんどくさそー」

「準備と言っても身構える必要はない。やってもらうのは一つ、英気を養うことだけだ」

「……へ?」


 三人は互いに顔を見合わせた。基本的に、この部屋に来ると無茶振りをされるか叱られるかの二択なので、こうもハッキリ良いことを言われるちは思っていなかったのだ。


「三日後から一週間、休みを用意した。申請すれば外出も許可する。折角払った給料だ、好きなように豪遊して来い。ただし、他の隊員への口外は控えること。それでは、悔いのない休みを送れ。以上」

「……マジで?」


 ニコラが驚くのも無理はない。

 外出の許可を得ることは、宙域では普段出来ない。

 ニコラとイチトが葬式に出向いた時も、活躍したことへの臨時報酬のような形で許可が出たのだ。

 この音声は、一切名前を呼ばない上に、日付も何月何日という絶対的なものではなく、三日後という相対的なものを使っている。多くの隊員に向けて作られた証拠だ。


 呼び出したのも、大方誰がいつ宙域から消えるのかを悟られないよう、情報開示の際、周囲に人がいないようにしたのだろう。

 メールでは後ろから覗き見られ、それを誰かに喋るやつが居るかもしれない。


「……ヤバい任務が来るから最期に家族に会っとけ、ってことか」

「悪い方に解釈し過ぎじゃない?」

「……まあ実際どうかは置いておいて、外出できるのか!どーしよ、どこ行こ、何やろ!」


 トレハは敢えて家族に会う、という言葉を掻き消した。

 彼の家族は半分が死に、もう半分が行方不明という複雑な状況だ。

 それにイチトも、両親が死んでいるために帰省などは出来ない。

 これ以上それについて話しても、誰も得しないと考えたのだろう。


「俺は留守だな。ヴィーシの食事用意しなきゃだし」

「ペットの扱いだよね、あの女」

「んふっ、た、たしかにそうだな」

 笑っていると、イチトのタブレットに通知が届く。

 タイミングが偶然被ったらしく、ヴィーシからのメッセージだった。


「はあい、イチト。既に話は聞いた?」

「ああ。俺は」

「言っておくけど、私に遠慮はしなくていいからね。そりゃ事前に十分な量の食事は置いて行ってほしいけど、休みの日ぐらいパッと羽伸ばして来なさい。じゃあね!お土産宜しく!」


 あまりにも良い感じのメッセージに、直前に冗談のネタとして使ってしまった二人はちょっと気まずい顔になった。

 だがそれ以上に、イチトはグッと顔を顰める。


「どしたん」

「金払うから土産、頼んでいいか?」

「いや行けよ!折角ヴィーシがここまで言ってくれてるのに!」

「じゃあどこ行くってんだよ。観光なんざに興味はねえぞ」

「え、なんか意外だな。イチトなら即座に墓参りにでも行くと思ってた」


 トレハの言葉に、ニコラも頷いた。

 イチトは常に復讐のことばかり考えているので、周囲からは家族愛が非常に強い男であると思われている。そして実際、非常に強い愛を抱いている。

 だが『アンノウン』に両親を殺されてから、イチトは墓参りには行っていなかった。


「どの面下げて墓に行くんだよ。助けらんなかった奴が、復讐も半ばで」

 その理由は、罪悪感。

 両親の死体を前に何もできなかった自分が、イチトはまだ許せていないのだ。

 だからこそ今でも墓には参りに行かないし、行けない。

「あっちだって、まだ俺の顔なんかみたくねえよ」


 ぱぁん!


 突然、ニコラは俯くイチトの顔を、両手で強く叩いた。

 『星群』で痛みは抑えられたが、音だけは気持ちよく鳴り響く。


「……何だ」

「それは、君の都合だ」


 ニコラは珍しく、笑っていなかった。

 怒るでもなく、だが決して顔を逸らさぬように固定して、ただ真剣にイチトの目を見つめる。


「どういうことだ」

「行かないのは全部自分の都合だろって言ってんの」

「……!」

「墓参りなんて生きてるやつが勝手にやることだから、行かないのも良いとは思う。でも両親を言い訳にしないでよ。息子に会うのにすら条件をつける、酷い親だったの?」

「……そうだな、違うな」


 イチトはずっと、逃げていたのだ。

 それも両親の偽の感情を作り上げてまで。

 母も父も、息子に復讐なんて真似をさせたがらないということだけは、わかりきっているのに。


 ただ復讐という唯一残った目標を守るために、それを壊すかもしれない両親を遠ざけていたのだ。

 死んだ後も自分を守らせるなど、どう考えても間違いだ。


「良い機会だ。一回、両親に向き合ってみるか」

「うん、よろしい。木星の、サタラウンテの辺りだったよね?」

「……まあ、そうだが。それが?」

「あー、昔『アンノウン』事件の報道だったかで聞いた覚えがあるな」

「こっからだと、今の時期は……一日半だね。料金エグいけどしゃあないか」


 ニコラは何故か交通手段とその費用の確認を始めた。

 間違いを指摘され、芽生えていた感謝の感情が、スーッと薄れていく。

「念の為に聞くが、なぜ調べてる」

「……?あれ、墓は遠い場所?」

「いやそこだが。自分で調べられるんだが」

「……」

 ニコラは無言で微笑み、ぐっと親指を立てた。


「お前、今何を考えてるか言ってみろ」

「何を食おうかなと」

「どこで」

「サタラウンテ」


 疑いようもない。この女は、何故かイチトの墓参りに着いてくるつもりなのだ。

「何が目的なんだお前はっ!?」

 背筋が凍るような恐怖を覚え、イチトは生まれて初めて意味不明を理由に自らの体を抱いた。


「ダイジョブダイジョブ、墓地の前で待ってるから、ね?」

「えっ、あっ……ねー!」

 話を振られると思っていなかったのか、トレハは戸惑ったが、それっぽく声の調子を合わせて答えた。


「トレハ!お前まで何だ!」

「いや、何だかんだ他の星って仕事以外で行ったことないし、問題がないなら行ってみたいなって……」

「そゆこと。もしキミが来なくても、私達だけで行くよー?」


 下手なことを口走らなければよかった。

 そんな後悔が押し寄せるがもう遅い。

 墓に行くと言ったからには、できる限り言葉を違えないように動くのがクロイ・イチトだ。

 行き先と時間を知られている以上逃げられるはずもなく、三人でのサタウランテ観光の旅が決まってしまった。

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