待てよ莉子、裸はちょっと……

 髪を切ったばかりのつむぎと二人、ついにご対面である。


「はあああああ〜っ!? むぎ、おまえポテンシャル隠しすぎなんですけど!!」


 莉子はつむぎに駆け寄ると、小さな顔を勢いよく両手で挟んでのぞきこんだ。


 つむぎアフターの前髪は眉下でぱつんと切り揃えられ、よく顔が見えるように。また、髪は長いままだが重さが取られ、健康的にサラッと流れている。


「だっ、大問題ですよ兄ぃ! こんなの聞いてねーんですが! コイツ、あたしの高校頂点計画が狂うくらいの美女なんですがぁぁぁ!?」


 大混乱して振り返った莉子は自分の目を疑った。李津がつむぎに見惚れて、息も忘れて固まっていたからである。


 何も言わない李津へと、つむぎは不安げに上目遣いを送る。


「へ、変じゃないかな、おにーちゃん?」


「…………あっ……」


 いつもであればスラスラと褒め言葉が出てくるのだが、このときはなかなか出てこなかった。


 前髪を分けただけでもかわいいとは思っていた。けれど、目が覚めるほどの絶世の美少女に変身するとは、李津の予想を凌駕していたのである。


「か、かわ、かわいくなったと思うよ」


 張り付いていた舌をやっとのことで動かした李津だ。しかし言葉にしてみて気づいたことがある。


 あ、俺ちょっと人見知りしてる。


「ふへっ」


 かわいくなっても、妹の残念な笑い方はそのままだった。


「ちょっと二人とも、なに見つめ合ってるんですか!? まだ終わってないですからね!? 今度は服ですっ!」


 ムッとして、二人の間に割り込む莉子だ。


 二人の距離が近いのも気に入らなかったが、つむぎのファッションがヤバいのもマジである。


 そんな彼女の、本日のコーディネートを見てみよう。


 ラメ入りの王冠とカラフルな蝶がプリントされた紫のロンTに、ベージュの吊りスカート。足元はオフホワイトの厚底パンプスに真っ白のレースソックスだ。


 ギャル系とほっこりガーリー系が合わさった、中途半端な感じがキツい。


 しかもその上に美少女の顔がポンっと置かれているのは、コラ画像のような違和感である。


「おまえは今後、プリントの服着るの禁止です。手持ち服は全部処分してください。こんなの着るんだったら裸でいる方がマシですね」


「うえぇ〜!? そんなぁ〜〜〜〜!!」


「待てよ莉子、裸はちょっと……」


「兄はちょっと黙っててください」


 妹に普通に怒られる兄だった。




 その後、一行が向かったのは、レトロガーリーな雰囲気のショップだった。


 莉子が着ている派手なK-POP系ファッションとは対極だが、控えめなつむぎの雰囲気には合っている。


「むぎ子の靴的にも、この辺で着まわせると思います。とりま、これとこれとこれとこれ着てみてください」


「ひえぇ〜」


「ひええじゃない! さっさと行く!」


 楽しさとは程遠いスパルタショッピングだった。


 つむぎが着替えている間、なにもすることのない李津は、女子服屋で落ち着くはずもなく、早く時間が過ぎないかと死んだ魚の目で店内をあてもなく歩いていた。


 その足がふと止まった。


 彼が無意識に手に取ったのは、真っ白なワンピースである。


 総レースで、ふちに光沢感のある黒いパイピングが施されている上品な一枚だった。つむぎの白い肌と漆黒の髪を思わせるデザインだなと、ぼんやりと考える。


「ふーん、兄ってばそういうの好みですか?」


「うわ!? あ、いやー、その……」


「いいじゃないですか、これも試着しましょ!」


「ちょま! おっおいっ!」


 いつからいたのか、莉子は隣からひょいっとワンピースを取ると、止めるのも聞かずにつむぎの試着室へと飛び込んだ。


 女の子に着てもらう“自分が選んだ服”を共有された事実に、じわじわと気恥ずかしさが込み上げてくる。


 もうこれ以上キモい行動はやめよ……。


 反省した李津は、すごすごと店の端へと移動した。暇つぶしにスマホへと視線を落としていると。


「着ましたぁ……」


 試着室から控えめな声が上がった。


 振り返り、李津は手に持っていたスマホをポロリと落とす。


「……」


「あのぉ?」


 白いワンピースに身を包むつむぎは、内側から光っているかのように神々しく見えた。


 初めて見る服のはずだが、清楚で可憐で、昔から着ていたかのように似合っていた。


 言葉が出ない李津に、つむぎは不安そうにカーテンで身体を半分隠す。


 その姿がまた奥ゆかしくて、あやうく変な声を漏らしそうになり、李津青年は口元を抑える。


「いいですよね、兄!」


「いい……」


「あたしの気持ちわかったでしょ?」


「わかった……」


 得意げな莉子の問いかけに、李津は惚けたまま、こくこくとうなずく。


 自分が選んだ服を着てもらったときの弾けるような感情を、なんと呼べばいいのか知らなかった。


 とりあえず便利な言葉で「エモい」としておく。


 頭がぐらぐらと沸騰中の李津、「プリンセスじゃん」と歯の浮くようなことを考えるくらいには“良かった”。






 

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