イオン行きましょ!!!
翌日の土曜日。
学校が休みで気楽なはずのつむぎだが、朝からリビングのソファで背筋を伸ばしてソワソワしていた。
なぜか。
「兄ぃーーー! イオン行きましょーーーー!!!」
イオンに行くからである。
階段下から叫んでいた莉子が、リビングのドアから顔を出した。つむぎに向かって親指を立てる。本日の予定が「兄妹でのショッピング〜つむぎ大改造編〜」と確定したのだった。レディゴー。
◆
さて、おなじみの駅前イオンに到着した三人だが、本日はつむぎの変身が目的である。
「じゃあ、このままイオンの裏側へ行きますよ」
「なんで?」
「先にむぎの髪の毛を切るからです」
首を傾げる兄へ向かって、莉子はピースをして見せた。
美容室ならイオンの3階にあったはず。少し前、李津もつむぎを連れて行って失敗したばかりだからよく知っている。
「だったら、美容室は3階だろ?」
「ああ? あんなガラス張りのおしゃれ美容室、むぎ子が痙攣するでしょうがぁ!」
ご明察、もうしていた。
「マンツーマンのプライベートサロンが、裏のビル2階にあるんですよ。しかも無言メニューあり。美容師と世間話をしなくていいので、そこを予約しました」
「えっ!? おしゃれな人と、しゃ、喋らなくていいのぉ?」
得意げな莉子に思わず食いつくつむぎ。美容室のなにが嫌かって、美容師がプライベート事情にずげずげと介入してくることである。
悪気のない「これからどこに行くんですかぁ?」という質問。家に直帰だが、気を使って「友だちと遊びに行きますぅ〜」などと固い笑顔を浮かべてしまう。
美容師が張り切ってセットしてくれた髪に、申し訳なさを感じる帰り道はいつだって切ないもの。
「最低限、どういう髪型にしたいかは伝えないといけませんが」
「うえぇ。そぉいうの、わからなくてぇ……」
「了解です。んじゃ、あたしが適当に伝えるんで、おまえは座ってるだけでいいです」
「莉子ちゃん〜〜〜〜」
羨望の眼差しが莉子に向けられていた。李津、完敗にて形なしで
◆
つむぎを美容室に放り込み、1時間後に合流を約束して、莉子と李津はイオンに戻った。
「俺、来る必要なかったみたいだな」
とうとう李津は自分の存在意義を疑い出した。
「いえ、出資者ですから来てもらわないと!」
「金出すのは俺じゃなくておじさんだけどな。……やっぱ俺は帰」
「ダメ! 兄もむぎが変身するところを見るんですー!」
「いや、俺全然役に立たないみたいだし」
暗い顔で背中を向ける兄を莉子はしがみついて引き止めるが、そろそろ主人公を二人に譲って引退したい李津である。
「今日は、前にあたしがつむぎのヘアピンを選んであげたお礼で来てもらったんですから! ちゃんと最後まで付き合ってもらいますよ!」
ちゃっかりLINEで「お礼にデートして」なんて言ってしまった莉子だ。時間差で羞恥に襲われ、帰りに橋の上で叫びまくってしまったが、おかげで本日、嫌がる李津を無理やり連れてくることに功した。なんでも言ってみるものである。
そしてなにより、外で二人きりになるタイミングはレアだ。
ただで帰すわけにはいかず、必死である。
「――そうだよな、仕方ない。借りは返すよ」
「やった♡」
莉子、まんまとデート権を行使である。
二人が最初に向かったのはメンズ服ブランドのフロアだった。
「兄いつもシンプルですよねー。そういうの好きなんですか?」
「こだわりはないけど、楽なのがいいなと思って」
本日の李津の服は、シンプルなグレーのTシャツにベージュのチノパンと、赤いスニーカーだ。
海外住みのとき、学校の日本人はまあまあおしゃれな人もいたが、近所に住むティーンたちは誰もがこんな感じ。シンプルイズベストで、李津自身もファッションにはあまり興味がない。
「せっかく女殴りそうな髪型してるんだから、もうちょっとそういう服にしましょうよ」
「うん、全・黒髪マッシュの男に謝れよ?」
「えーっと、これとこれと……こーいうのどーです? 兄が着てるの見たいです! あっその靴、赤いのは脱いでくださいね」
ドサドサッと両手いっぱいに服を渡されて立ち尽くす李津。
おしゃれと思っての赤スニーカーにダメ出しが入ったのは、地味に傷ついた。
無理やり試着室に押し込まれ、莉子に渡された服を壁にかけてみる。形はシンプルだが、シルエットが大きめで生地が今っぽいものなど、自分では選ばないけれど李津も好きそうなものが的確に選択されていた。
「……なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい」
自分の好みが把握されていてめちゃくちゃ恥ずかしい李津だった。
一方で、ぞくぞくしているのが莉子である。
推しを自分好みに変えられるなんてどんなご褒美か。尻尾を振る勢いで、カーテンが開くのを今か今かと待ち構えていた。
「どう……かな」
「供給がえぐいっ!!」
試着室から出た瞬間おがみ倒す莉子には、さすがにドン引きである。
とりつくろうように莉子は姿勢を正すが、推しが尊すぎて正常な受け答えができるかは怪しげだ。
莉子の精神が回復する前に、再び試着室のカーテンが開く。
「じゃあこっちは」
「ジャスティーーーースぅう!!」
二着目。一着目のシンプルモノトーンと打って変わってのストリートテイスト。バケットハットが思いのほか似合っていて、莉子はふらついた。
「兄ってば、あたしを殴らずに殺す気ですか……」
「自分で選んでおいてなんだよその言いようは。最後はこれか?」
「
三着目のシャツスタイルは、鎖骨が見えるのがポイントである。黒のテーパードパンツできれいめセクシーにまとめてみました。
「兄は何着せても映えますね……。大満足です、対戦ありがとうございました」
「ぷはっ、なんなんだおまえは」
笑いながら、元の服を着て李津が試着室から出て来た。無愛想に近づいてきた店員に脱いだ服を渡す。
「すみません、これぜんぶ買います」
「えっ!? お、お買い上げありがとうございまーすぅ!」
冷やかしだと思って塩接客していた店員が、初めて笑顔を見せた瞬間だった。
「えっ、それ買っちゃうんですか?」
「せっかく莉子が選んでくれたし、俺も気に入ったから」
「兄ぃ〜〜〜! こんなん、ラブコメによくあるシーンじゃないですか〜〜〜! もぉ〜〜〜〜!!」
「ふはっ、じゃあ次はこの服着てデートに行く展開か?」
「ッーーー!!?」
「わははは、冗談だよ! んじゃ金払ってくるわ、ありがとうな」
デートという言葉に真っ赤になって固まる莉子を残し、李津は呑気にレジへと向かうのだった。
◆
買い物のあと、つむぎに合いそうなショップのリサーチにイオンを一周歩いた。
「これつむぎに似合いそう」だとか、「この階は微妙だね」などきゃいきゃい言い合いながらショップをのぞいてまわる。
手こそつないでいないが、莉子的にはこんなんデートだし、アドレナリンはどくどく脳内大放出状態だった。
そんなところに。
「いた〜! おにーちゃんと莉子ちゃんぅ〜〜!」
後ろから声をかけられて、二人は立ち止まる。
あっ、待ち合わせの時間、すっかり忘れていた。そんな顔である。
申し訳なさそうに、よく知る声の元へ同時に振り向いて。
「つ、つむぎ!?」
「むぎ!!」
二人の瞳は限界まで見開かれる。
「えへへ……」
そこには芸能界に震撼を与えるほどのレベチな美少女が、うつむいて照れていたのだった。
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