こ、こ告白〜!?
「あ、あれ??」
ある意味、最近は話題の渦中となっている有宮つむぎは、靴箱で手元の手紙を見つめていた。帰宅しようと自分の靴箱をのぞいたら、差出人不明のそれが入っていたのである。
「『あなたのことが好きです。ずっと見てました。突然ですが、今日の放課後、裏庭に来てください。待ってます』……うえぇ〜!?」
すごくベタな嫌がらせである。
こんなタイミングでのラブレターなど、偽物以外のなにものでもない。
つむぎは小中学校を経てこの手の嫌がらせは3回目だ。いわばループものの主人公のように、この後の展開も読めている。
「なんでぇ〜!? これってもしかしてぇ、こ、告白〜!?」
――はずだが、真っ直ぐな彼女、何度ループしても世界を救えないタイプだった。
「でもぉ、わたしそんな大した人間じゃないのにぃ……」
ネガティブが主張していて足は重い。
そのまま帰ってしまえば問題ないのだが、しばらく靴箱をうろうろしてから、つむぎは顔を前に向けた。
「お、お話しだけならぁ。もしかしたら、仲良くなれるかもしれないしぃ……」
まじで必要ないときに頑張ってしまう女の子である。
勇気を振り絞り、つむぎは裏庭を目指す。
その様子をひとりの男子が見張っていたことに気づくこともなく。
◆
手紙の差し出し主らしき男子はいたのだが、昼休みにからかってきたクラスの男子も少し離れたところに3人座っていた。
まずい、と振り返れば、いつの間にか5メートルほど後ろに仲間がひとり立っている。彼がつむぎを靴箱から見張っていた男である。
退路をたたれてしまったつむぎは、万事休すというところ。逃げ場を無くして立ち止まるしかなかった。
「ほら、練習しただろ。言えよ」
クラスでいちばん目立つ男子――
背が小さくて華奢なメガネくんは、人形のように簡単に前によろけた。
彼のことをつむぎは知っている。隣の席で、つむぎと同様にボッチで悪目立ちしている男子である。
視線がぶつかった。
黒縁メガネの奥の瞳は、屈辱の怒りで揺れていた。こうなったのも全てつむぎが悪いとでも言いたげだ。
「……つ、付き合ってください……」
メガネくんは早口でつぶやいた。しかし後ろの翔也は言い方が不満だったらしく、ポケットに手を突っ込んだまま小さな学ランの背中を蹴り飛ばした。
「おいおい『好きです』が先だろぉ!? おまえは本っ当ォに使えねえな!」
「本気でやれよー、こっちは動画撮ってんだからさー!」
映えないという理由でのリテイク。下品な笑い声が響く中、つむぎは体をこわばらせた。
もしもう一度告白されたら。
今度は自分が答える番だ。
男子たちの前からは逃げられない。断ることも、きっと――。
恐怖で体が小刻みに震えるが、自分では押さえられなかった。
どうか告白しないで。心の中で祈るものの、その願いは目の前の彼に届くことはなかった。
「スキデスツキアテクダサイ!!」
「「わははは!!」」
メガネ男子のなげやりな告白に、腹を抱えて笑い転げる他の男子たち。好奇の視線とスマホのレンズがつむぎへと向けられる。
「あ、あの、わ、わたしはぁ……」
「オッケーでーす!!」
「ぎゃはははは」
「うえぇっ!?」
勝手に返事をされたと思えば後ろから、きつく腕が掴まれた。一方、メガネくんは二人がかりで両脇からガッチリと固められている。
「やめろお!!」
「じゃあ、カップル成立ってことで!」
「公開キッス〜〜〜〜!!」
「へゃぁぁっ!?」
恐怖で声にならない叫び声を上げるつむぎだが、押さえつけられて動けない。みるみるうちに、目の前にメガネくんが近いてくる。
無理に引きずられるメガネくんの顔も蒼白し、嫌そうに目をつむって唇を噛んでいる。
「キッス! キッス!」
つむぎも首を振って逃れようとするが、押さえ付けられてびくともしない。
このままだと望まないファーストキスが待っている。それは彼女らの心にどれほど深い傷を負わせることだろうか。
それをわかっての嫌がらせだから、随分とタチが悪い。
もうダメだ。とつむぎが思ったときだった。
「あがっ!」
「ぐああっ!!」
突然、メガネくんを押さえ付けていた男子たちが体をくの字に曲げて、一斉に後ろへと吹き飛んだ。尻もちをつき腹を押さえて、ポカンとした表情で周りを見回している。
「ああ? な、なんだよ?」
動画を撮っていた山川翔也も驚いてスマホを下ろした。だらしなく緩んでいた顔が今は怪訝に歪んでいる。
両脇がお留守になったメガネくんは、このチャンスを見逃さなかった。
「ぐぬおおおおおおおおおおっ!!」
腹の底から叫んだピュアな彼、ファーストキッスのシチュエーションは絶対に放課後の保健室で、年上のエロい美女――具体的には養護教諭の池田先生と決めていた。垢抜けないつむぎが相手なんて人生の汚点だと、自分を棚に上げて真面目に思っている。
「どわあああああああああっ!!」
だから脇目も振らず、メガネくんは全力で逃走した。
見事に一度も振り返らなかった。同じように捕らえられたつむぎなど
彼が
気を抜いて獲物を逃してしまったことに奥歯を噛む翔也だったが、気づいたのが遅すぎた。すでにメガネくんの姿は見えなくなっている。
「おまえら、あいつに殴られたのか?」
追うのを諦めると、翔也は立ち上がった二人に声をかけた。
「い、いや、腕は掴んでた」
「ああ。まだ混乱してるんだけど、かまいたちみたいなのがぶつかってきて……」
「かまいたちぃ?」
友人が嘘をついているとは思えないが、メガネくんだけ無傷でそんな都合のいいことが起きるのだろうか。微妙な表情で考える翔也だ。
「うわあっ!? な、なんか急に寒気がっ!?」
今度は、つむぎの背後にいた男子が声を裏返して叫んだ。腕には鳥肌がびっしりと立ち、つむぎを取り押さえることも忘れてしきりに自分の腕をさすっている。
「ど、どうした、風邪か?」
「もう行こうぜ翔也。なんかここ気持ち悪いよ」
「くそっ! クレアたちに動画送るって言っちまってんだよ」
「告白は撮れただろ! もうメガネもいねーし、俺は帰る!」
翔也は不満気だったが、友人らが言うようにターゲットが逃げてしまった以上、続きを撮影することは不可能だ。
ふんっと不機嫌に足元の小石を蹴り。
「カップル成立おめでとさん。明日から楽しみだなぁ?」
「ひっ」
すれ違いざまに翔也がつぶやいた。つむぎが真っ青になって怯えたのに満足すると、翔也は友人らと連れ添い、校舎裏を後にしたのだった。
地獄のような舞台から全員が降りたあと、今までは聞こえなかった部活動中の生徒たちの掛け声が、つむぎの耳へ届いてきた。
それがどれだけ平和に思えたか。
いつの間にか日も暮れて薄暗くなった校舎裏に、つむぎはぺたりと座り込んだ。
「……ふえぇ〜〜〜」
ようやく緊張が解けた彼女は、怖さと安堵でしばらくひとりで涙を流すのだった。
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