息苦しいよ

 スマホのシャッター音に、つむぎはうつむいていた顔を上げて振り向いた。


「くすっ」


「やばいやばいやばい!」


 パタパタと楽しげにつむぎから距離を取る二人が見える。


 クラスの中でも垢抜けて目立っている、富永久恋愛クレアと山本笑留ニコルの両名である。


 二人が逃げた先は廊下側のいちばん後ろにあるニコルの席。短いスカートに構わず机に腰掛け、めいめいにスマホを操作していた。


「はい、今日の心霊写真っと」


「見て、森田くん20点とか言ってるww」


「なんの点数だよww」


 どうやらLINEグループに盗撮した写真を拡散しているらしい。窓側一番前の席に座るつむぎは、羞恥で真っ赤になった顔を前髪を撫でつけて隠した。


 以前、李津に買ってもらったヘアピンは前髪に留められていない。ゴールドにビジューがついたアレは莉子ならば制服のおしゃれなアクセントになるが、つむぎがつければヘアピンだけ悪目立ちするからだろう。おかげで本日も、黒焦げたミノムシのような見た目だ。


 このいじめに対してクラスメイトの反応はというと、好奇と我関せずで半々くらい。どちらにしても遠巻きにして、つむぎを助けようという者はいなかった。




 このように、クラスではつむぎに対して、不穏な動きが日に日に目立つようになっていた。


 例えば、彼女に友だちがいないのは元からだったが、クラスの伝達が彼女にだけは届かない。


 クラスLINEからも外れている。


 二人一組になる授業では三人組がいるにも関わらずつむぎが余った。


 たまに机の上にゴミが置いてあったり、教科書が一時的に無くなったりするなど、地味な嫌がらせも続いている。


 中でも頻繁なのが盗撮だった。どんな写真を撮られているのかわからないまま拡散されて、笑いものになっているのは彼女も薄々気づいている。


「まだ、だいじょうぶ。だいじょうぶだから……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくつむぎを見て、クレア&ニコルはまたネタを見つけたとばかりに大喜びだ。


「あいつ、ひとりで喋ってる。ヤバー!」


「幽霊は墓地に帰れっての!」


 自分に向けられた陰口にもうつむいて耐えるだけで、つむぎは一度も言い返せなかった。


(友だちがいないことはおにーちゃんや莉子ちゃんにもバレちゃったけど、嫌がらせは隠さないと。これ以上心配かけたくないしぃ……)


 周囲の生徒からの腫れ物を扱うような視線に耐えながら、つむぎは弁当を机の上に出した。昼休みは李津と一緒に食べるため、唯一クラスから離れられる。年上の李津のクラスに行くのにも慣れてきた今では、2年のクラスの方が自分のクラスよりも落ち着くほどだ。


 早く行こうと立ち上がった瞬間、背中に強い衝撃を受け、つむぎは前につんのめった。わざと・・・ぶつかった背の高い男子生徒が、つむぎを冷たい目で見下ろす。


「邪魔くせえんだよ、ブス」


「ご、ごめんなさい〜……」


「なにそれ、きっしょ」


「ぷっ! ハッキリ言ってやんなよ、かわいそうだろー?w」


 男子の集団はニヤニヤしながらつむぎの後ろを歩いていく。


「ひゃっ」


 通りすがりに脅かすように椅子の脚を蹴られて、体がすくみあがる。


 自分より体の大きな男たちに絡まれる恐ろしさに、心臓がバクバクと音を立てた。


 つむぎが慌てる姿を見て、男子たちは大ウケである。


「あ、あれ、お弁当……?」


 目を離したすきに、さっき出したはずの弁当箱が消えているのに気づいた。机の天板は真っ平ら、床を探しても落ちてはいない。


 絡んできた男子4人は後ろの席に集まり、それぞれの昼食を広げている。そのうちの2人がチラチラとつむぎを見て笑っていた。


(うえぇ、お弁当持って行かれたのかなぁ? でも、聞くの怖いしぃ……。どぉしよ、お弁当ないとおにーちゃん心配するかもぉ)


 パニックになったつむぎ、あわあわくるくると動きがせわしない。すかさず動画に収めて爆笑しているクレアとニコル。四方八方でちょっかいを出され、つむぎ的にもキャパオーバーだった。


(ううう……おにーちゃん、ごめんなさいっ!!)


 スマホを取り出し、ぽちぽちと文面を打って送信。


 本日のお昼休みは便所エアー飯が決定である。




  ◆




 昼休み中はトイレの個室をひとつ占領していたつむぎだったが、予鈴を聞いて仕方なくクラスに戻った。後方に集まっている男女グループから嘲笑が向けられ、居心地悪そうに入場する。


 うつむいていた目に入ってきたのは、教室の前に設置してある大きなゴミ箱。その中に、見覚えのある赤い布が、紙屑の間からのぞいている。


(うそぉ……なんでぇ……)


 戸惑いつつも紙屑の中から布を引っ張り出すと、失くしたはずの自分の弁当箱が出てきた。


「うわ。ありえなーい、ゴミ漁ってるー!」

「誰か下品だって教えてやれよ」

「えー、菌がうつりそうで嫌なんだけどぉ」


 リア充男女グループが教室中に聞こえるように囃し立てる。


 もはやつむぎは、彼らの結束を固めるネタになっていた。特に彼女がなにをしたというわけではないが、ていのいいサンドバッグが目の前に転がっていて、打たない理由がないというだけだ。


 けれど、そんなことで当て馬にされた当人はたまったものではない。


(どうしよ、息苦しいよ……)


 弁当箱を胸に抱くと、つむぎは足早に自分の席に戻っていった。






 

 

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