8話 妹はクラスに馴染めない

やっぱりわたし、いらない子だぁ

「えっ、shitシットは嫉妬って意味じゃねえのかよ!?」


 大きく椅子を引きずる音がクラスに響いた。


 強面なワカメ頭のチンピラにのまえ 躑躅つつじは、絶望の色を浮かべて後ろの席へすがるような視線を向けていた。


 一方、問われた有宮李津ありみやりつは憮然としている。


「うん。そもそもなんで日本語がそのまま英語になると思った」


「でも李津、typhoonタイフーンは台風って意味だろ?」


「ん? まあ、そういうこともあるな……」


canカンも缶って意味だろ?」


「ま、まあ、そういうことも」


tsunamiツナミも津波って意味だよな?」


「おまえ、本当は英語詳しくないか?」


「フランスにあるウドン市の綴りはoudonだし、こんなん確信してやってんだろ」


「英語関係なくなってる」


analアナルは穴……」


「ちょっと待てぇ! それはちょっと違うし、発音はエイヌゥだ!!」


 アナルをめちゃくちゃいい発音で叫ぶ李津に、一瞬、教室が静まり返った。隣の席の渡邊さんなんか普段より10cm机を離している。


「なあ、有宮って、にのまえくんと仲良いよな」

「あの転校生、ヤンキーだったのか?」

「きれいなアナルだったな」

「あいつと関わらなくてよかったわ」


 などクラスメイトたちがざわつく声は、耳まで真っ赤になった本人へと届いている。


 にのまえ 躑躅つつじと一緒にいるようになって変わったのは、クラスメイトからの目だった。


 以前はイロモノ枠だった李津だが、現在は腫れ物扱い。触らぬ神に祟りなしとばかりに、遠巻きにされている。


 それが自分のせいだと気づいている躑躅つつじも、責任を感じなくもない。


「李津、おまえはこのままでいいのか?」


「ん? なにが」


「俺といるところを見られるとまずいんじゃね? 前にも言ったけどよ、他にツレを作りたいならもう少し身の振り方を考えろよ」


「おー」


 言われて、李津はぐるりと教室を見回した。


 どう前向きに見ても歓迎されているとは到底思えない、異物を見るような視線が向けられていることに気づく。ちょっと傷ついた。


 けれどこれは、自業自得ではあるがずっと躑躅つつじに向けられていた視線なのである。


 今までこの辛さを友人が一人で感じていたというなら、自分も半分引き受けてもいい。というのはわりと本音だ。


「俺は、躑躅つつじの良さがわからないヤツと仲良くなりたいと思わないから」


「お、おまっ……!!」


 不意にジェントル仕草を出してしまう李津だが、躑躅ヤローの好感度しか上げられなかったので無駄である。


「あと、友だちなら渡邊さんもいるしね」


「うそでしょ……」


 下品な言葉を大声で叫ぶ男に友だち認定されて絶望している渡邊さんには悪いが、李津はなぜかここだけは自信満々だった。



 そんな友だちが少ない有宮家の困った長男だが、もっと状況が悪い人物もいる。


 それが有宮つむぎである。


 クラスでの彼女は、陰気臭すぎるともっぱらの悪評が流れていた。


「有宮さん、ひとりでなにしてるの?」


 最初のころは、気を使って話しかけてくれる大人しい系の子もいたのだが、緊張のあまりうまく受け答えができなかった。


「あっ、うええぇ〜!? その、特になにもしてなくてぇ………ごめんなさぃ〜……」


 このように、なにを話しかけても末尾に「ごめんなさい」と下を向いてしまう。


 その根暗さに、終了したバーゲン会場のように誰もが離れていった。


 春、新しい季節、希望の新生活。ネガティブに自ら触れようとする者はひとりとしていなかった。


(うえぇ……やっぱりわたしって、いらない子だぁ……)


 けれどそれに気づかないつむぎは、どんどん深みにハマっていく。



 新生活も1カ月が経ちGWも明ければ、クラスの立ち位置的なものも決まって来る。


 休み時間、つむぎが自席でぼんやりとしていると、通りかかったボブヘアの女子がぶつかった。


「痛っ。ちょっと邪魔なんだけど!」


「うええっ!? ご、ごめんなさい〜〜〜」


「うわっ、幽霊・・じゃん!!」


 自分からぶつかってきたのに謝らないどころか、嫌悪感を丸出しにして、女子はそそくさとその場を離れた。


 これにつむぎはしょんぼりとうなだれる。


(うぅ〜、この学校でも言われちゃった。幽霊・・って……)


 一方、ぶつかってきた女子はイツメンの元へ。男女で固まっている派手なグループは、どこから見てもトップカーストの証である。


「ニコルってばさっき、有宮さんと喋ってなかった? ついに友だちになってあげたとかぁ?w」


 4人の男たちの中に紅一点として立っていた富永とみなが久恋愛クレアはそう言って、後から合流した少女をからかった。彼女は同級生の前で大人っぽく見せたいために、多毛なロングヘアをわざとらしくファサッとかき上げている。


「はあ? やめてマジで無理なんだけどww ほら見て、鳥肌立ってるしwww」


 そしてつむぎとぶつかったボブヘアの女子・安田笑留ニコルは、腕まくりして華奢さをアピール。黒髪からチラと見える耳たぶと軟骨には、ゴリゴリにピアスが並んでいる。


 両者は大人ギャルとつよつよ地雷系でジャンルは違うが、化粧によって顔面偏差値を引き上げた、自分に自信があるタイプである。


 そんな彼女たち、格下認定している相手には人権を感じていなかった。


「つかあいつ、いるだけでホラーじゃねw どうにかなんないの? クラスの景観壊されてない?」


「景観www クレアおもしろすぎぃw ねー翔也しょうや、あのボッチの人、手懐てなずけて来てよぉw」


「おいおい勘弁しろよ。俺にだって選ぶ権利あるんだけど?」


「「wwwwwwww」」


 陰口は普通なら聞こえないように配慮するものだが、トップカーストらは周りを気にしない。マリオでいえば常にスターを取った状態であり、無敵である。


 話はクラス中に聞こえている。もちろん本人にも届く声量だ。


 イケてる人らにけなされたなら、だいたいの格下はなぜか言い返しもせず、目立たないようにと勝手に萎縮して過ごすようになる。


 そういった弱者の気持ちを食い物にするのが強者たちだ。思った通りにことが進むから気分は帝王。言いたい放題やりたい放題で自尊心をぶち上げている。


 しかしつむぎは自分の反省に精一杯で、周りの声がまるっきり耳に入っていなかった。


 それがのちのち、トップカーストたちの気分を逆撫ですることも知らずに。


 新しい波乱は、もう彼女のすぐ背後まで来ていた。





  

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