第19話 ガラック薬方店―常闇の魔女―
「ハッハッハッ!」
突然の哄笑に振り返れば、部屋の入り口を塞ぐ形で60前後くらいの恰幅の良い男性が立っていました。
その初老の男性の横には神経質そうな痩身の男性が私を鋭く睨みつけています。
「言い訳ばかりだな小娘」
私を
「出来ないなら出来ないとはっきり言えば良いものを」
その隣で私を嘲笑する痩せた男性はグェンさんというガラックさんが持つ薬方店の
「大方、
「バロッソ伯爵。こんな時代遅れの薬師ではなく、我がガラック薬方店に全てをお任せ下されば宜しいのです」
2人は何の根拠もなく私を見下してきました。
ファマスは医と薬の都と呼ばれ医師と薬師が多く集まっており、この国における医療の最先端なのです。
ここでの薬剤の製法は大量の薬材料を一度に製剤化するのが主流になっています。
ハル様に説明したように生薬には個体差があり、発育環境、採取時期などにより成分にずれが生じてしまいます。それを大量生産する事で差異を小さくしている……とても良く考えられた製法です。
だから私は彼らの手法は多くの患者に安定した製品を安価に提供できる素晴らしいものだと考えています。
対照的に私はその時その時の生薬の状態を考慮しながら患者の性別、年齢、身長、体重、身体所見などを診て、それぞれ個別に調合します。
その為、直に私が患者を診なければ調合できませんし、どうしても薬が高価になってしまいます。
ガラックさんはその不利な点のみをあげつらって、私の薬方を非効率的と
「そんな小娘の薬なぞ効果はたかが知れております。我が薬方店の高品質な薬を用いて頂ければエリーナ様をたちどころに快癒することでしょう」
私は溜息が漏れそうになるのをぐっと堪えました。
確かに彼らの方法なら多くの患者が均一で水準の高い医療の恩恵に預かれます。
しかし、型に
私の薬方は少数のそういった患者を救う為にあるのです。
そして今回の
ですが、それよりも……
「ヴェロム
「はっ!」
伯爵への質問でしたが、馬鹿にしたように鼻で笑ったのはガラックさんでした。
「医師の如き薬を満足に理解していない半端な治療師に何ができる」
「彼らからすれば私たち薬師は診断も施術も満足にできない
医師と薬師の境界は曖昧で、その所為で患者もどちらへ行けばよいか迷っている節があります。
一般的には、創傷など外科的処置を主とするのが医師、薬で治療する内科的疾患に対処するのが薬師と漠然と分類しているのが現状ではないでしょうか。
ですが実際の現場では、医師も薬師もどの様な
ですから、薬師は薬を調剤して治療する治療師、医師は診断と施術を主とする治療師と分別される方もいらっしゃいます。
実際に、医師は患者を診て治療を施し看病しますが、薬師は症状を診て薬を処方するだけで、患者が何か訴えない限りそれ以上の医療行為をしない者が殆どです。
その為、薬師は薬の調合もできない半端者と医師を蔑み、医師は満足に診断も治療もできぬ似非治癒師と薬師を馬鹿にしているのです。
しかし、こうやってお互いの欠点を詰り合うのではなく、それらを補完し合う方が健全ではないでしょうか。
私は診断と治療を医師が行い、その情報を元に薬師が見合った薬の調合を行う、そんなお互いを尊重して連携した医療こそが本来のあるべき姿ではないかと考えています。
「お前の様な小娘と我々本物の
もっとも、ガラックさんは私とは異なる考えの持ち主みたいですが。
「魔狗毒などガラック薬方店の解毒薬を飲めば立ち所に完治するわ!」
「あの毒に解毒薬はありません」
ガラックさんは何を仰っているのでしょうか。
この事実は私だけが言っているのだはなく、薬師の間でも広く知られている知識です。
「
「無知め」
私の言葉を嘲笑混じりの声が遮りました。
痩身の
「俺達にはこれがある」
そう言うと彼はぐいっと右手を前に掲げました。
その手に持っていたのは、両拳大の涙型にも見える種の様な形をした真っ黒な物体でした……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます