第52話 作戦決行
チカの奪還作戦開始から3日。
作戦は本番も本番。最重要局面を迎えている。
ざざっというノイズが聞こえたかと思うと耳につけたインカムから音声が流れる。
<こちら
<こちら
<了解>
いよいよ本命の作戦が始まるんだね。
どうやら
独占欲の塊みたいな桃郷凛夏がこんな一大事に自分以外の人間をチカに近寄らせないだろうっていう藍朱たちの読みがあたった形だ。
本当に業腹だけど、正直藍朱たちはみんな桃郷凛夏の思考に共感できる部分が多分にある。
本質的に同じような人間なんだと思う。
だからこそ今回の作戦のほとんどは、藍朱たちならどう動くか、ってことを基準に計画してきた。
藍朱たちはこの3日間、みんなで協力して敵の所在地とかを見つけ出して、張り込みと奪還計画を洗練してきた。
チカの居場所を見つけたは良いものの、桃郷凛夏の方も、さすがにチカを誘拐するなんてだいそれたことをするだけあって、なかなか手の込んだ警戒網を敷いているらしい。
家の周りには黒服の警備が数人うろついてるし、桃郷凛夏がチカを外に連れ出すときには2人とも変装した上で黒服たちが同行する。
部屋のロックも電子制御と物理鍵をどっちも使ってるっぽくてなかなか手強そう。
表から見たら普通の一軒家って感じだけど、調べてみたら地下に何かしらの巨大な空間を有してるっぽい。
たぶん、ここにチカを監禁したり色々してるんだと思う。
そういう状況だったから部屋に侵入してチカを奪還するっていう作戦は現実的じゃなかった。
いろいろ考えた結果、この瞬間がベスト。最良で唯一の奪還の機会だって判断した。
桃郷凛夏がチカの生殖機能を終わらせようとするギリギリの瞬間。
病院に入る瞬間にはある程度の油断が生まれるとふんだ。
藍朱たちならそこまできたら勝ちを確信して、男の子としてのチカとの最期の瞬間を2人っきりで過ごそうとするだろうって。
結果は予想通り。
<
<こちら
<誰に言ってるのかしら? ま、元気が良いのは良いことね>
会話からもほんの数日前までは見れなかった連携が取れてることがわかる。
この3日間。もちろんチカの奪還作戦を練る時間はたっぷりとってたけど、それ以外にも藍朱たちはお互いを理解する時間をとった。
藍朱たちにとって作戦中の最大の不安要素はお互いの妨害だと思ったから。
夜の生活については、チカが定期的に全員一緒に抱くから大体のことはわかってるけど、それ以外のことはあんまりわかってないし、そもそも仲良くするつもりなかったし。
藍朱と衣莉守は昔からの付き合いだし、知ってることも多かったけど、玲有と唯桜については未知数な部分がそれなりにあったから。
だからチカに命令されたわけでもないのに一緒にご飯食べて、腹を割った話し合いをして、身体も慰め合って。
そう言えば、お互いの呼び方も変えたっけ。
今までは名字呼びをしてたり、「さん」とか「ちゃん」付けで呼んだりしてたけど、全員下の名前で呼び合うことにした。
作戦の上で余計なことを考えなくてよくするためにも、仲良くするためにも。
そういう話し合いをする中で、改めて彼女たちのスペックの高さや視野の広さを感じさせられた。
唯桜の人脈とかを使って黒服の一部に唯桜の息のかかった人間を滑り込ませた。
衣莉守のストーカー技術をフルに使って、どうやったらわかるのか想像もできないような沢山の情報を収集してきた。
玲有は持ち前の頭の良さで今回の作戦のアラを洗い出して取りまとめて、今日は司令塔としてみんなを指揮してる。
藍朱は......みんなのお手伝いくらいしかできなかった。
こういうとき、みんなはそれぞれ得意分野があって、チカのために、みんなにしかできないことがあるのに、藍朱はそれを見つけられなかった。
一番長い時間チカと一緒にいたっていう自負から、チカへの愛は一番だって思ってたけど、チカのためにキライなみんなを取りまとめようとした衣莉守の行動を見て、その自信もちょっと揺らいじゃった。
思えば、チカを先輩たちに盗られてたのを知ったときも、衣莉守はすぐに動いてたのに、藍朱はただ絶望してただけ。
..................藍朱はチカには相応しくないのかな......。
<............す............いす。......藍朱!>
......っ!
<あ、は、はい! こちら
<藍朱、今は一番大事な作戦の最中よ、ぼーっとしないで>
そうだ。今は余計なこと考えてる場合じゃない。
この作戦でチカを奪還するときに一番最初にチカと桃郷凛夏に接触するのは藍朱なんだ。
藍朱の役割は、衣莉守が黒服たちを足止めしてる間にチカたちの正面に出向いて話し合い。
場合によっては強襲する係。
最良のケースは、チカを連れて玲有が待機してる車まで移動して、この場を離脱できること。
最悪のケースでも、チカと桃郷凛夏の距離を引き離して、衣莉守と唯桜がチカを連れ出す隙を作らないといけない。
藍朱が失敗するのは絶対ダメ。
気合を入れないと。
<ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってた。気合い入れ直すよ>
頬を叩いたりしたら音が出ちゃって警戒されちゃうかもしれないから、ここではふぅって一息深呼吸して集中して、返事を返す。
<こちら模久藍朱。準備はOKだよ。いつでもいける>
<よし。唯桜、そっちはどんな感じかしら>
<こちら佳音唯桜。まもなくターゲットが正面入口から院内に入る>
<了解。衣莉守も準備は万全かしら>
<ばっちりだよ>
<上々ね。藍朱、聞こえたわね?>
<聞こえたよ>
目的の病院の入り口付近で潜伏していた藍朱の視界内に人影が映る。
距離はおよそ10メートル。
巨大な病院のくせに闇営業してるからか、電気はついてなくて、正確な姿を捉えることはできてないけど、外で見張ってる唯桜が言うんだから、間違いなくターゲットの2人だ。
女の方はともかく、もう1人の方はフードを被せられてて相貌は伺えない。
けど、鼻腔をくすぐる匂いだけでわかる。
不純物の匂いが混じってる気がするとはいえ、これは藍朱が大好きなチカの匂いで間違いない。
久しぶりすぎて涙が溢れてくる。
けど、泣いてる場合じゃない。ここから一番の勝負どころだからね。
そう藍朱が気合を入れ直したと同時に、玲有が作戦開始の号令をかける。
<それじゃあ、作戦開始!>
よし!
2人の前まで歩いていって......。
「こんばんは、チカ。それと桃郷凛夏さん。こんな素敵な夜に、そんなに怪しい格好をして病院だなんて、楽しそうなデートだね?」
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