第51話 奪還作戦を実行するハーレム(後)

「それじゃあ私が責任持って病院の近くで張り込んでおくから、みんなは引き続き捜索をお願いできる?」


「「「は?」」」


「ん?」



 この妊娠女、何言ってやがる?


「まさかとは思うけど、あたしらを現場から遠ざけて抜け駆けする気?」


「抜け駆け? なんのことを言ってるのかわかんないな。私はただ、効率よく役割分担したほうがいいと思っただけよ」


「とぼけないで。玲有れいあちゃん、桃郷凛夏もものさとりんかに復讐するの、自分だけ美味しいとこ持っていこうとしてるでしょ。そんなんあたしは許さないからね」


「そうだよ、藍朱あいすだってそんなの見逃さないからね。だいたい、身重のつち先輩が一番そういう仕事に向いてないんだから、家で大人しく寝てなよ?」


「あー、はいはい、私が悪かったです。じゃあさっさと適当に役割分担しようよ」



 は? この女、ちゃっかりあわよくば自分だけイイトコ取りしようとしたくせに反省の色なさすぎない?

 今は知火牙ちかげくんを助けるのが最優先だし、人手が要るから埋めてる場合じゃないから見逃してあげてるけど、調子乗りすぎでしょ。


「はい? 鎚先輩、何適当に流そうとしてるの?」


「だね。調子に乗ったこと言っておいてあたしらがハイハイって流すとでも思ってんの?」



 うん、業腹だけど藍朱ちゃんもあたしと同意見みたいだね。

 出る杭は打つだけ。


 知火牙くんを助けたときに最初に優しくしてあげられた子が好感度稼げる可能性高い状況だし、抜け駆けしたい気持ちはよく分かるけどね。

 けど、この大事な局面でそういうのスルーしてあげられるほど、あたしたちには余裕があるわけじゃないんだよ。


「おら、玲有ちゃん、謝ろうよ」


「そうだよ、鎚先輩。ちゃんと謝ってよ」


「チカの情報を持ってきてくれたことには感謝してるけどさ、そうやって上から目線にモノを言われる謂れはないと思うんだよね」


「うんうん、あたしも玲有ちゃんはいい加減自分の立場を理解したほうが良いと思うよ」



 四面楚歌だよ、玲有ちゃん。

 ここであたしらの中で順位付けが決まるね。玲有ちゃんはあたしらの1つ下になるんだ。







「..................いい加減にしてよ......」


「「「え?」」」



 衣莉守いりすちゃん?

 さっきから黙ってると思ったら急にどうした?


「いい加減にしろって言ってるんだよ! 今はボクたちがケンカしてる場合じゃないだろ!? 誰が先とか上とかそういうことやってる間にも......今も知火牙はあの女に良いように弄ばれてるんだよ。あの動画のこと、もう忘れちゃったのかよ!?」



 ............忘れるわけない。

 あたしだって途中で気を失っちゃうくらいショックを受けたんだ。


「あのときの知火牙の様子見ただろ!? あんな......あんな......桃郷凛夏に服従するような知火牙......。いっつも漢、漢ってバカみたいに繰り返してた知火牙が、あんな情けない姿見せてたんだよ!?」



 確かに衣莉守ちゃんの言う通り、あの動画の中での知火牙くんは、本当に本人なのか疑わしくなるような姿だった。

 思い出したくもない......。


「......衣莉守ちゃん。あんまりあの動画の話思い出させないで」


「ダメだ。唯桜いおさんも藍朱も玲有さんも、わかってない。あんな状況からもう3週間も経ってるんだよ!? 動画を録画したのはそれよりももっと前だろうから、もしかしたらあの惨状から1ヶ月以上経ってる可能性だってあるんだ......。今頃、どんなにヒドイことになってるかわからないのに............。ボクは1秒だって早く知火牙を取り戻したいんだ。ボクらがケンカしてる場合じゃないだろ!?」



 うっ......。

 衣莉守ちゃんの言葉が全部正論すぎてなんも言えない......。


 藍朱ちゃんも玲有ちゃんも、痛いところを突かれたって思ってるのか、黙って俯いてる。

 年下の女の子に説教されるなんて屈辱だけど、悪かったのはあたしたちだし、反論の余地もないな......。


「確かにボクだってみんなのことはキライだよ。知火牙のいろんなハジメテも、知火牙の時間も、何もかも持っていくようなムカつく奴らだと思ってるよ!」



 え、あたしたちを詰った口で悪口ぶっこんでくる?


「でもさ......そんなことよりもボクは知火牙のこと、愛してるんだよ! 知火牙がずっとボクのそばにいてくれるなら、他の女がちょっと入ってくるくらいは許してもいい。お嫁さんになれなくたって、最悪の最悪、一番になれなくったって構わない! 知火牙がいなくなるくらいなら、ボクはハーレムの維持にだって全力を出してみせる!」



 衣莉守ちゃん......。あんた、そこまでの覚悟をしてたんだね......。


「だから............だからさ。せめて今だけは。知火牙を助け出すまではさ。ボクたち、本気で協力したいんだよ! みんな知火牙のこと、本気で好きなんだろ!? ハーレムなんてクソだけど、知火牙への愛のためなら......知火牙との時間のためなら、みんなハーレムくらい、維持してやろうって気概はないのかよ!!!!!」





 衣莉守ちゃんが肩で息をしながら叫びきって数秒。

 部屋の中には沈黙が流れて。


「まったく、言ってくれるね、衣莉守ちゃん。けど、あんたの言う通りだね。あたしらがこんなことしてる場合じゃなかった......。知火牙くんが帰ってくる場所を残しておかないと、だよね」



 完全に論破されたあたしは負けを認めて、普段なら言わない本気の謝罪を返した。


「そうね。三頭みずさん。私が間違ってたわ。争いの種をまくようなことして、ごめんなさい......。手がかりが見つかって気が緩んでたみたい。そうだよね、ちーくんがいなくなるくらいならハーレムの方が全然マシ」


「犯罪ストーカーだった衣莉守ちゃんにまともに諭されるなんて屈辱だけど............そうだね。チカを取り返せるなら、藍朱だってハーレムくらい、ちゃんと維持するよ」



 あぁ、今あたしたちは過去イチ同じ方向向いてる。

 動画が届いて知火牙くんを探そうってなったときにも、多少は意気投合した部分はあったけど、どこかで絶対に裏切ってやろうって気持ちがあった。


 知火牙くんを取り戻したあとはハーレムなんて解体して、自分だけの知火牙くんにするんだって邪な感情をしっかり抱えてた。

 みんな、お互いにそのことをわかりつつ、表面上、手を取り合う形に落ち着いてただけだった。


 だから、今回みたいなケンカは結構起こったりしてたんだけど。


 けど、今みんなの表情見たら、今までとは全然違う。

 あたしも含めて、きっと本気でハーレムを受け入れてもいいって考えてる。


 くだらない蟠りより、知火牙くんを愛する気持ちを優先したいって、共感してる。


 衣莉守ちゃんの「知火牙くんを取り戻す」っていう気迫めいた感情の強さに、「自分を犠牲にしても知火牙くんを一番に考える」っていう愛情に、多分あたしたちは3人とも負けを認めちゃってる。


「みんな......。うん。それじゃあ、本気で作戦を議論しよう。まずはボクが考えた作戦だけど............」




 それから3時間。

 今までは考えられないほど議論がスムーズに進んだ。


 一番の要因は、誰も他の娘の悪口や挑発を口にしなかったことかな。

 まったくもう。衣莉守ちゃんにはやられたよ。




 ともかく、作戦も十分に煮詰まり、さっそく今日から各々の配置について知火牙くんの奪還作戦を始めた。

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