第11話 初授業は大切なことを
伽羅の香りに包まれながら書類に判を捺した
止まり木に移して餌を与え、足に結わえ付けられた紙を回収する。
紙には小さな字で学校での
(初日の人間関係はまあまあってところか。
初日の授業の様子や教員や生徒の様子は柚良から直接聞くことになっている。
そのためこの報告書はほぼ上辺のみ、そしてイェルハルドの所感によるものだった。そう指示したのは蒼蓉だ。直接柚良と話せるチャンスを得るだけでなく、相応の新鮮味をその場で感じ、共有したいという欲求からだった。
これは表の世界でクラスメイトをしていた時に、やりたくても出来なかったことだ。
そのやり直しを
恐らくこんなチャンスはもう二度とないのだから。
「――そういえば別件の報告はまだか。まあそっちはのんびりでもいいな」
一読した蒼蓉はマッチの火で報告書を燃やす。
伽羅の香りに紙の燃えるにおいが混ざる中、餌を食べ終えた黒い小鳥は再び窓から飛び立っていった。
***
「――と、いうわけで! 記念すべき初日である本日の授業は『自分に合ったバリアを見つけよう!』です!」
黒板に数々の属性を書き連ねた柚良はにこやかに振り返ると生徒たちを見た。
その表情の明るさとは反対に、生徒たちは拍子抜けしたような顔をしている。
「あれ? 皆さんわくわくしません?」
「先生、質問いいか」
大きな耳飾りを付けた赤い髪の青年が手を上げ、柚良が頷くなり食い気味に言った。
「もっと即役立つ攻撃力の高い魔法とかねぇの? ここに来てから基礎ばっかで求めてる知識がほとんどねぇんだよ。金の払い損だ」
「あらあら……たしかあなたは一年生のトール・マクリミアンくんでしたよね」
一年生なら基礎を繰り返し学ぶのは普通である。
だがこの専門学校は練度のスタート地点がバラバラな人間が纏まって入ってくるため、学習レベルが合っていないのかもしれない。
「トールくんはバリア、結界、障壁、そういった類のものは使えますか?」
「いいや、けどその辺は体術と盾の実物でどうにかする。俺が学びてぇのは強い魔法なんだよ」
「先生」
もう一人そう言って手を上げたのは青い長髪を一つに纏めた長身の男性だった。整った顔だが斜めに走る傷跡が第一印象を掻っ攫う。
「このテーマでしたら時間が惜しいので辞退させて頂きます」
「二年生のヴェイネル・ハルツェンくん……たしかに二年生や三年生には少しショボく感じるかもしれませんね」
「ショボ……いえ、そんな俗な言葉を向けるほどではないですが、すでに知識があるなら他のことを学ぼうかと思いまして」
サポートとして同席していたマユズミは内心ハラハラしながら柚良と生徒を見守っていた。
柚良が年若く見える――実際に年若いが見た目から侮られやすいことと、選んだテーマのせいで完全に下に見られていることがわかる。
各人わざわざ金を出して学びに来ているため、問題になるほど挑発的ではないものの、それ故に取捨選択で『捨てる側だなこれは』という判定を受けているのだ。
しかしヴェイネルの辞退希望の理由を聞き、柚良はパッと顔を輝かせた。
「最初にバリアを選んだの、なんでだと思いますか?」
喋りながら。
そちらを一瞥もせず。
わざわざ先端を丸くするという細かさまで反映させ。
――柚良は指の先ほどの氷の塊を作り出すと、それを何の予備動作もなくトールへと打ち出した。
ビシッ! と音がしてトールの額に直撃した氷の礫はその場で柚良の命令に従い一瞬で蒸発して消え去る。
トールはぽかんとしたまま赤くなった額をさすったが、そこにはすでに何の残滓もなかった。
「人間の反応速度には限界があります。まあたまに生身で銃弾避けちゃう凄い人も居ますけど」
「……」
「トールくんはまだ未熟ですね、今ので証拠を残さず暗殺完了ですよ。でもここでバリアを使いこなせていたら! レベルが上がれば知覚外の攻撃に自動で反応して防ぐことも可能なんです!」
浪漫あるでしょう! と握り拳を作ってから柚良はヴェイネルを見る。思わずびくりとしたヴェイネルに微笑みかけ、柚良は「さっきみたいな氷の礫を作ってみたいですか?」と訊ねた。
「それは……もちろんです、証拠も残らないし銃要らずじゃないですか」
「ふふふ、属性によりますがそのメリットを満たす方法はどの属性でも提示できますよ。ただし」
柚良は自分の頭を指し、そして手、足、胴体などを順に指していく。
「このレベルに至るまでに暴発や単なる失敗でこの辺吹っ飛ばした知り合いが結構居ました。即死か、即死しないと逆に辛いやつですね」
「……!」
「成長過程にある魔導師を殺すのは本人である、というのが私の所感です。さて、ここで重要なのが己の身を己からも守ること!」
「そこでバリアを先に学んでおく、ということですか……」
そのとーり! と柚良は理解してもらえて嬉しいのか八重歯を見せて笑う。
「で、ここの二年生三年生が使えるバリア程度じゃ追いつかなくなるんですよ。力量はあとで一人一人確認しますけど」
つまりそれだけ強い魔法を教える、ということである。
ヴェイネルは目を見開くと「失礼しました」と頭を下げた。トールはトールでようやく我に返ったのか「えっ、なんだこれカッケェ」と呟いている。
「糀寺先生、その……」
「どうしましたかマユズミ先生?」
「それってほとんど糀寺先生ひとりで個別指導することになりませんか」
負担の大きさと時間が足りるかどうかを心配しているようだ、と感じ取った柚良は「大丈夫です!」とマユズミにピースを向けた。
「私、魔法が大好きなので!」
何の苦もない代わりに自信はありますよ、と。
柚良はそう言って満面の笑みを浮かべた。
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