第10話 蒼蓉との関係

 マユズミによる教師全員の紹介が終わり、校舎内の案内に移る。

 そこで柚良ゆらは彼女にそっと耳打ちをした。

「じつは事前に蒼蓉ツァンロンく……校長先生に案内してもらったんです。なので備品の位置とか外からじゃわかりにくい連絡事項とか、そういうものを教えてもらってもいいですか?」

「あら、そうなの? じゃあまずはよく使うものの保管場所をあらかじめ教えておくわね。あと……」

 じっと柚良を見つめたマユズミはしばし静止する。

 口にすべきか否か。そんなことに迷っているように見えた。

 そして「これ、支障が出るわね」とぽつりと呟くと柚良と目線を合わせる。


「気になって仕方ないから訊いてもいい? 失礼かもしれないから嫌だったら答えなくてもいいわ」

「え、あ、はい」

「校長とどういう関係なの?」


 さっきもくん付けしかけてたし、とマユズミは言う。一度目はスルーしたがさすがに二度目は好奇心を刺激するのに十分すぎたらしい。

 柚良はどう答えるべきか迷う。

 万化亭ばんかていの若旦那が表の世界で高校生をしている、という情報は公には伏せているそうだ。

 情報通は知っているものの、しかし表の世界に出向いて悪さをしようという輩は早々居ないとも言っていた。

 表の世界の方が護衛が多い上、暗渠街あんきょがいに居る者は表では腫れ物であることが多い。指名手配犯も居るだろう。そんな輩にとっては表の世界の方が針のむしろ、危険そのものなのである。


(だからべつに言ってもいいし、特にここは万化亭の所有地だから気にしなくていいって蒼蓉くんは言ってたけど……)


 だからこそ気が緩んでしまったのだが、だが改めて関係を問われるとどう言ったものかと様々な思考が頭の中を駆け巡った。

 しばらく「うーん」と唸った後、柚良は決心したように口を開く。

「これからも言い間違えちゃいそうですし、初めの内に言っておいた方がいいですよね。私と蒼蓉くんは、その、色々な理由がありまして表の世界で高校のクラスメイトだったんです」

「高校の……クラスメイト?」

「はい、まぁつい最近までですけど」

 これも色々ありまして、と柚良は頭を掻いた。

 マユズミは目をぱちくりさせる。


「あなた高校生の年齢だったの? というか校長も?」

「え? あれ? 私はともかく蒼蓉くんのことまで……?」

「校長ってあまりここへ来ないのよ、それに万化亭も普通はなかなか行けるところでもないし。ここへ来る時も大抵代理校長や教頭たちと話してて、すぐに部屋に入っちゃうから遠巻きにしか見たことがないの」


 私がここではまだ所属期間が短い方だからっていうのもあるけれどとマユズミは苦笑した。

「そっか、万化亭の若旦那って高校生だったのね。若いとは聞いてたけどビックリだわ……」

 蒼蓉は暗渠街では大分高校生らしくない。

 だからかな、と思いながら柚良は続けて言った。

「でも凄くしっかりしてますし、良い人ですよ!」

「良い人……そう、あなたにはそう見えるのね」

「それに万化亭に泊めてくれてますし、ご飯まで頂いてるので!」

「万化亭に泊まってる!?」

 マユズミの声がわんわんと廊下に響く。その音にはっとした彼女は「生徒が来る前でよかったわ」と咳払いをした。

「クラスメイトってだけで使用人になったわけじゃないのよね?」

「……? そういう契約は交わしていないので多分なってないです。ここの講師を頼まれただけです」

「……」

 しばらく黙り込んだマユズミはそっと柚良の肩に手を置くと声を潜めて言った。


「もし何か困ったことになったら言うのよ」

「へ? えぇと、はい……ありがとうございます」


 突然親身になった様子に柚良は面食らったが、ああそうか、と心の中で手を叩く。

 年の近い男女が一つ屋根の下で暮らしていることに危機感を覚えたのかもしれない。部屋も分かれている上に遠く、妙な薬も盛られていないしそれどころか護衛まで付けてくれてるのに、と柚良は声に出さずに笑う。

 説明したいところだがさすがにプライベートすぎるだろう。

 せめてもう少し仲良くなってから話そう、と柚良は勝手に納得しつつ結論を出したが――もし話したところで、それは実際にはまったく違う理由で心配をしているマユズミを安心させる要素にはならない事柄だった。


     ***


 手伝わなければ手持ち無沙汰。そして初日ということもあり、柚良は各担任の助手のような形で全教室を見て回った。先に自己紹介を済ませておき、授業の際にスムーズに事が運ぶようにという意図もある。


 生徒たちは皆個性豊かだった。

 一年生だからといって年若い者ばかりではなく、学費さえ払えば入れる学校のため年配者もいる。

 逆にまだ弱冠9歳の三年生も存在した。

 人種も様々だが、多数の国を内包する帝国内ではさほど珍しくはない。ただ表の世界ではあまり見かけない珍しい人種も存在した。獣の要素を持つ獣人族や性別のない天使と呼ばれる種族などがその代表だろう。


 通常の授業は魔法を学ぶ上で必要な能力を各教科に分散させて教えている。

 魔法の歴史を学び理解を深める歴史学。

 属性に有利に働く土地を見分けるための地理学。

 魔法使用時の計算を素早く行なうための数学。

 共通言語ではない他国の魔導書や古い書物を読むための言語学及び他国語学。

 魔獣や魔種を扱う生物学。

 薬草学や他にも様々な教科がある。数が多いため一人の教員で複数受け持っている者も居るそうだ。


 そしてマユズミが担当する魔法学。

 これは魔法使用に関するすべてを扱う教科であり、属性により全教員が担当するが、全員が担任と言うわけにもいかないため、代表してマユズミが総合管理者という意味で担任になったらしい。


 柚良は自分がしたいように教えることになっているため、全員と授業内容がバッティングしないようにすることになる。

 ただし柚良はこの点において柔軟に動くつもりでいた。

 予定の擦り合わせはするが、他の教員も自分の受け持つ授業の準備をしながら擦り合わせをするのは大変だろう。

 だから朝に私が学校に来てから予定を訊き、被る場合はこちら側で調整しますよ、と柚良は言ったのだ。

 もちろん事前に内容が決まっている場合は教えてくださいねとも。

 教えることは山ほどある。

 そう柚良が思うからこそだったが――教員の一部からは「若いからか随分と自信があるのね」と遠回しに自分の力量がわかってないなんて子供なのねと嫌味を言われてしまった。ちなみに柚良は嫌味と気づいておらず完全ノーダメージである。


「さて、今日は予定していた内容で大丈夫そうですね!」


 ――放課後。

 学年関係なくその日の希望者だけ一室に集め、柚良の授業が始まろうとしていた。

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