第9話 講師初日は張り切り日和!

 柚良ゆらが魔法専門学校へ講師として赴くのは月曜からと相成った。


 土曜に蒼蓉ツァンロンに連れられ下調べを行なったおかげで迷うことなく到着した柚良は拳を握る。

 寝坊をせず。

 朝食もしっかりと食べ。

 授業の準備も万端。

 そして迷子にならずに辿り着けた。

 出だしは好調だ。次は先生陣への挨拶に気合いを入れようとそわそわしながら職員室へと向かう。

 職員室に生徒として訪れることはあったが、教える側として訪れることがあるとは思ってもいなかった。


(新鮮な体験だなぁ……これから何度もこういう気持ちになれるなんて最高かも!)


 そうして職員室へと入り、挨拶をするべく笑みを浮かべ――頭を下げる前に、そんな柚良の真横を四足歩行の白い生き物が通り抜けようとする。

 目元まで体毛で隠れたモフモフの犬のような生き物である。

 足は短く、まるで俵型おにぎりに足と尻尾と耳が付いているかのようだった。しかし何より特徴的なのは額から生えた一本の角で、それは15cmほどの長さがある。


 視界の端でそれを捉えた柚良は瞬時に指を鳴らし、同時にどこからともなく生えたツタが網のようになって生き物を捕らえた。

 そのままクンッと手首を動かす動作だけでツタの網が床にゆっくりと降り、生き物の手足がつくようになる。

 そこへ駆けてきた男性が半べそをかきながら「捕まえてくれてありがとうございます〜!」と両手を合わせた。

 薄茶色の髪をしたかなり大柄な男性で、潤んだ目は水色をしている。

 所々に無精髭が見えたが不器用故の剃り残しに見えるのは謝る姿が少し情けないからだろうか。

 なんとなく憎めない大型犬を想像してぽかんとしていた柚良はハッと我に返る。


「これ、闘犬型一角獣とうけんがたいっかくじゅうですよね? 逃げちゃったんですか?」

「そうなんです〜! 授業のために大人しい子を連れてきたんですけど、ここに着いてから突然隙あらば逃げ出そうとしてて……」


 そのため職員室に繋いでいたが、器用に鎖を額の角で切って逃げ出したところだったという。

 闘犬型一角獣の額には鋼鉄よりも硬い角が生えている。その角にも柚良はツタを巻き付けていた。危険故の保護のためだ。

 柚良は両手の指を汲んで目を輝かせる。

「わあ! こんな珍しい子を授業で!?」

 表の世界にも魔法学校はある。

 しかし闘犬型一角獣は危険だからと生体が持ち込まれることはなかった。

 そもそも闘犬型一角獣とは超自然的に生まれた魔獣と元から生息している動物の混血の結果、確立された種――魔種ましゅのひとつである。

 魔獣はどの動物とも交雑可能で、遥か昔は魔獣の遺伝子汚染問題が大きく取り沙汰されたが、柚良たちの世代になると世間では受け入れられていた。もちろん反発している団体もいるが。


 魔種は魔獣のように魔法的な力を使えたり、独特な生態を持っていたり、とにかく丈夫であったり攻撃性が高かったりと様々な危険があり、普通の動物よりも扱いが難しいため専門の研究機関や飼育機関以外ではあまり表に出てこない。

 扱う人間にも専門知識が必要で、学校の授業に生体を持ち込むというのはじつに珍しいことだった。

 が、ここは無秩序な暗渠街あんきょがい

 大型犬のような男性は「魔種って仕事に使われることもあるじゃないですか」と表では考えられない前置きをしてから言った。


「なので実際に見て触れて学んでほしいと思ってまして〜……あっ、俺、生物教師のエドモリア・エイドリアンといいます。そちらは……?」

「!」


 そこで柚良はやっと自己紹介すらしていなかったことに気がついた。

 見れば職員室の中には数名の教師がおり、興味深げにこちらを見ている。

 初日の自己紹介は失敗したか、とひやりとしたものの、まだ取り返せるとばかりに柚良は勢いよく頭を下げた。


「ご挨拶が遅くなってすみません! 私、このたび魔法全般を教える講師としてお招き頂きました糀寺柚良と申します! まだ不慣れな身ですが精いっぱい頑張りますので宜しくお願いします!」


 ざわつく職員室内には「話は聞いてたけどあんなに若いの?」「でも無詠唱で植物魔法で網まで作りましたよ」「植物魔法を教えられる人はいなかったから、その枠じゃない?」と様々な会話も混ざっていたが、挨拶の達成感にホッとしていた柚良の耳には届かなかった。

 エドモリアは朗らかな笑みを浮かべると柚良を歓迎する。

「あぁ、あなたでしたか! 代理校長から話は伺ってます。ええと~……代理校長も教頭も今ここに居ないので、誰か……あっ! マユズミ先生! 皆の紹介や校内の案内をお願いしてもいいですか」

 そうエドモリアが呼んだのはベリーショートの黒髪がよく似合う女性だった。

 動くたび眼鏡飾りのゴールドチェーンがきらりと光り、しかし下品に見えずむしろ美しい。

 マユズミ、と呼ばれた女性は柚良の向かいに立つと眼鏡の位置を正しながら口を開いた。


「私からも申し出ようと思ってたのよ。エイドリアン先生に任せると男子トイレまで紹介しそうだもの」

「そ、そこまでデリカシー無いわけ……」

「私が来た時に紹介したでしょう? 男子トイレ」


 あれは緊張してたんですよ~! と慌てるエドモリアをよそに、マユズミは柚良に微笑みかける。


「マユズミ・イアラよ。宜しくね、糀寺先生」

「……! はいっ、宜しくお願いしますマユズミ先生!」

「非常勤講師って形になるから担任は無し、糀寺先生の授業は通常授業の後に45分ほど取る形になるけれどこれに関する話は聞いてる?」


 柚良は頷く。

 学校での立ち位置や授業の仕方については蒼蓉と契約書を交わす際に一通りの説明を受けている。講師は主に自分の勤務する時間にだけ教えればいいため、朝から出勤する必要はないのだが柚良は「初日ですし先生や生徒さんのことを早めに覚えておきたいので」とこの時間帯に顔を出していた。もちろん連絡済みである。

「蒼蓉くんは他の雑用はしなくていいって言ってましたけど、授業まで手持無沙汰なんで何でも頼んでくださいね!」

「ツァ……?」

「……ハッ! こ、校長先生!」

 代理校長が居るとはいえ本来の校長は蒼蓉だ。そんな彼を校内でクラスメイトのように呼ぶのは失礼だろう、と柚良は言い直すと咳払いをした。

 そんな様子に深追いするのも可哀想だと思ったのか、マユズミは次の話へと移る。


「それじゃあ他の先生たちの紹介をしましょうか。糀寺先生は植物系の魔導師なのね? なら接することの多い薬草学の先生から――」

「あっ、少し苦手なものもありますけど全属性イケますよ」


 使える魔法の属性は授業にも影響してくる。

 特に初めは柚良の授業にサポートでひとり常勤の教員が付くことになっているため、柚良の属性と似通った特徴を持つ教員と接することが多くなるだろう。そうマユズミは言っているのだ。

 しかし柚良は特に秀でた属性に植物、氷、水の三種。

 次に得意な属性に炎、土、雷を持ち、他の風や毒も一通り使える。

 重力や音に関するものは少し不得手としており、魔力の消費も激しいため普段は使用を控えているが、これも並の魔導師よりは使いこなしていた。帝国お抱えの魔導師は伊達ではないのである。

 もちろん体調に左右されるが、蒼蓉のおかげでほぼ完全回復したため心配はいらない。

 故にああ自己申告したのだが――


「……っふふ、糀寺先生の冗談ってダイナミックね」


 ――そうマユズミに微笑ましげに笑われただけで終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る