赤志-8
「お前の話で疑問がある」
ハンガーに燕尾服をかけていたプラネットスマイルが顔を向ける。柴田と志摩、飯島は部屋から退出していた。
「ん? どしたん先生?」
「黄瀬悠馬と戦闘して相手は正体を明かしたんだよな」
「それが?」
「お前は黄瀬悠馬がドラクルだって知ってたのか?」
「一応柴田さんからあらましは聞いてアハハハハハハハハ!!!」
プラネットスマイルはパン、と両手で口を隠した。
「グフッフフフッ、ごめん……」
「落ち着いてからでいい」
コクコクと頷き数秒後、手を離した。
「篠田さんの護衛を解かれてからも契約自体はしていたんだ」
「暇潰しに?」
「謎を解明したくて。気になるじゃん。「シシガミユウキ」の話は。だからいいかなと思って。それで黄瀬悠馬と対峙した。そしたら俺がドラクルだ~って感じで攻撃してきた」
「そこだ。疑問なのは」
椅子に座る赤志は両足を机の上に乗せる。
「本郷。あんたどう思うよ」
「俺も疑問に思う。正体を明かす理由がわからない」
本郷は言葉を紡ぐ。
「尾上もそうだ。隠し通すことだってできたかもしれない。だが連中は戦闘を仕掛けてきた。それはもう隠す必要がないということだ」
「それってもしかして、計画が完了してる、とか?」
ジニアが疑問符を浮かべながら聞いた。
「それか最終段階に入ったとかかもな」
赤志が言った。だが、ジニアは思案顔のままだった。
「尾上さんと「シシガミユウキ」はどうして協力してるのかな」
「尾上は何かをしたいんだろう。ドラクルはそれを手伝う代わりに、欲しい物を手に入れたのかもしれん」
本郷が肘を机につけ言った。
「例えば餌の確保だ。リベラシオンを打った人間の死体は大量の魔力を放出していた。ドラクルにとって餌になるんじゃないか?」
「もしかして計画って、人間みんなをドラクルの餌にしちゃうとか?」
ジニアが言った。本郷は眉間に皺を寄せる。
「それが計画だとすると、やはり既存のワクチンにも紛れ込ませていると考えるのが筋か」
「既存のワクチンは全部プレシオンだと思う」
赤志が真剣な表情で言った。
「理由は」
「もし既存のワクチンに紛れていたとしたら、もっと早い段階で体に穴が空いた変死体が出るだろうが。それも大量に」
確かに赤志の言う通りだった。魔力暴走事故を起こし死亡した遺体には、ナイフで刺されたような傷痕はなかった。
赤志は時計を見た。時刻は0時を過ぎていた。21日になっている。
「尾上さんはリベラシオンを自分で打ったんだと思う。けど、なんであの段階で打つ? 「恨みを晴らすことが目的」なら自分が壊れる必要性はない」
「お前を殺すつもりだったのかもしれないぞ」
「ありえない。自惚れだと思ってくれても構わないけど、あの人は家族を蔑ろにする人じゃない」
家族という言葉に本郷は口を閉ざす。
「10年。俺の帰りを待ってくれたのは、あの人だけだ。もう親もいない、現世界に戻っても独りぼっちの俺を、あの人だけが受け入れてくれた。俺を家族だと。そんな人間が復讐なんかで動くなんて思いたくない。ましてや俺を殺すなんて……」
赤志はそこで言葉を止め、長い溜息を吐いた。
プラネットスマイルが鼻を鳴らす。
「じゃあ仮にプレシオンだとして。ドラクルが大量に餌を必要とした場合、どうやって増やすんだろうね?」
「今から増やすのは不可能だ。補充分のワクチンは確実に廃棄される」
本郷は確信を持って言った。志摩ならきっと回収を呼びかけるだろう。
「追加する物も廃棄して、現時点でのワクチン接種をいったん停止させる。そうすれば、リベラシオンがバラ撒かれることは────」
その時だった。本郷は背筋に電流が流れた感覚に陥った。
目を見開き、スマホを取り出しカレンダーを起動する。
「本郷?」
「……バラ撒く……バラ撒く……? いや、それは、でも、ありえるのか?」
しばらくブツブツと呟いた本郷は、赤志に視線を向ける。
「赤志。尾上が言っていた言葉を覚えているか?」
「え?」
「『もうすぐみんなで戻れる。聖夜に贈り物を送る』と言っていたんだ。聖夜、12月24日だ。その日何があると思う」
「んなもん、レイラ・ホワイトシールのクリスマスライブだ。みなとみらいで行われる野外ライブ」
「もしかしたら、そのタイミングで
赤志は苦笑いを浮かべる。
「どうやって? その場でワクチン接種でもさせるつもりか?」
「それが可能だとしたら?」
赤志の顔から笑みが消える。
「……どうやって?」
「ニュースで黄瀬が言っていた。覚えているか? 『ワクチンは様々な形に変えて提供を行う。注射ではなく錠剤。そのうち呼吸器からの吸引でも可能になっていく』」
「形を変えてってことか。なら飲料? 食料? でもライブ会場は基本的に飲食禁止で持ち込み不可だ。屋台が出るわけもねぇし」
「でも、飲料だけなら販売するとか?」
ジニアが言った。
だが本郷の考えは違った。
「もっと一瞬で誰もが接種できるとしたら?」
疑問符を浮かべる赤志とジニアに、本郷はスマートフォンを操作し画面を見せた。
2人が近づく。ついでにプラネットスマイルも覗き込む。
表示された画像とプロジェクトを見て、赤志はようやく気付いた。
「……いや。いや。いやいや。無理だろ」
赤志は顔を引きつらせて首を横に振る。あまりにも荒唐無稽すぎるからだ。
スマホの画面に浮かんでいたのは、笑顔を浮かべるレイラと、背後には花火。「異世界の歌姫が冬の大花火と共に聖夜を彩る」というキャッチコピー。
「開発に話を聞く必要がある。「ワクチンは気体にしても効果が出るくらいに進化しているのか」と」
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