赤志-1

 神奈川県警本部に設立された捜査本部は閑散としていた。

 進藤を捕らえ、関わりがあるかもしれない三鷹組の動きも制御した。その結果「グリモワール」の活動は皆無となった。まるで最初からそんな組織は無かったかのように静まり返った。


 警察は篠田澪の身柄を解放した。同時に藍島景香も。しばらくは警備が付き、安全が確立されたら護衛が解除される。

 少なくとも2人は今日から一般の生活を送れるようになったということだ。


「あなた達の働きで、更に大きな被害が出ることを阻止することができました。生け捕りにしたことも感謝します。これまでの非礼も謝罪しましょう」


 そう言いながら柴田は正面に立つ3人を睨み上げていた。


「全っ然謝る気ねぇじゃん」


 赤志が小声で呟く。


「進藤から青葉台連続不審死事件について情報を吐かせます。奴が関わっていないわけがない。薬の在処も含めて情報を搾り取る。あなたたちに動いてもらうことはありません」


 赤志が唇を尖らせると、柴田は手の平を向けた。


「と言いたいのですが、獣人がいる可能性を考慮して待機してもらいます」

「「シシガミユウキ」については?」

「ついでに聞いておきましょう」

「メインに据えるべきだろうが」


 やり取りの間も本郷は口を噤んでいた。

 

「静かですね、本郷警部補。腹でも痛めましたか?」

「いえ。話というのはそれだけでしょうか。であれば我々は失礼します」

「そうしてください。詳しいことは飯島警部に聞いていただければ」

「……適当」


 ジニアが言った。柴田は不快そうに鼻を鳴らす。


「こちらは、特にあなたのような汚らわしい獣人などと関わりを持ちたくないんです。まったく。篠田澪の護衛につけた狩人も帰らないですし」


 目間を摘まみブツブツと文句を言い始めた。

 3人は柴田を放置しその場を後にする。小会議室に向かうと飯島と合流した。


「お疲れ様です、飯島さん」

「おう、お疲れ。赤志、ジニアと……本郷?」


 飯島は本郷の雰囲気が違うことを察知した。


「どうした? 考え事か」

「昨日のジニアの言葉が引っかかってんだろ」


 飯島は目を丸くして首を傾げる。ジニアが事情を説明すると徐々に表情が険しくなり、最後は当惑を隠せなくなった。


「なに? ジニアちゃんの母親が、本郷の妹……朝日さんとそっくり?」

「似てるとかじゃない。本当に」


 ジニアの目は真剣だった。

 赤志は本郷を見た。


「もう一度聞くわ。昨日みたいにはぐらかすなよ。本当に死んだのは妹さんなのか?」

「……どういう意味だ」

「あんたの深い傷口だってことは知ってる。それをほじくるような真似だが聞くぜ。あんた、亡骸をちゃんと見たのか? 検視結果とか解剖記録とか」

「赤志。それは酷だ。俺が詳しく見たし本郷もちゃんと事後に確認している」


 だが本郷は苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「確認は、した。だが」

「データだけ……いや、データすらまともに見てないんじゃないか?」

「見たさ。だが」


 本郷は頭を振った。

 本郷の両親は、彼が幼いころに事故で亡くなっている。それからずっと妹と暮らしていたのだ。彼にとって唯一の肉親。


「一目、死に顔を見た時点で限界だったよ。朝日の死に顔と死に様を見続けることは、俺にはできなかった。死体なんて見慣れているのに」


 本郷は椅子に座って項垂れた。飯島が事件の概要を赤志とジニアに説明した。


薬物過剰摂取オーバードーズか」

「凄惨だった。あれがもし俺の娘だったらと思うと、やり切れん」

「娘さん、いるんですか?」

「ああ。とてもいい子だ。引っ込み思案だけど」


 聞いてきたジニアに微笑んだ。

 赤志はこめかみを掻く。本郷の気持ちもわからなくはないが、が甘いことは言ってられない。


「本郷。もう逃げられない場所に来たんじゃないか?」

「「シシガミユウキ」を追うためか」

「私の母親を探すためにも……見つけたい。お母さんを」


 飯島は3人に目を配るが、口は挟まなかった。


「あんたの妹さん。朝日さんが鍵になっている可能性が出てきた。調べてみたら真実に近づくんじゃねぇかな」

「真実、か」

「今回の事件は魔法も獣人も深く絡んでいる。まごついていたら第二第三の進藤やジャギィフェザーが出てくるかもしれない」


 その通りだと飯島は頷く。


「辛いなら代わりに俺が調べる。けどそれで満足するのか? 仇を取りたいから「シシガミユウキ」を追ってんだろ?」


 本郷は項垂れたまま、大きな手を顔の前で合わせる。


「……逃げていた。朝日の死から。思ってたよ。この事件からは逃げられない。どこかできっと向き合う必要が出てくると」


 本郷は顔を上げた。


「今がその時かもな」

「なら俺も告げようかな。あんたも気付いてない、あんたの秘密」


 本郷が首を傾げる。


「あんたの冗談じみた筋肉量は先天性のものだろ? だけどその異常な回復速度は違う。魔法だ」

「魔法? 俺に才能は無いぞ」

「だな。だから、他人が、あんたに魔法をかけてんだよ」


 赤志は本郷を指差した。

 正確にはいつも本郷が身に纏っている緑色のコートを。


「そいつだよ」


 本郷はコートの裾を掴んで持ち上げる。


「……これが?」

「あんたそれ誰かに貰ったのか? それとも買ったのか?」

「……妹から貰った」

「妹さんは秘密が多いな。そのコートは、”ブリューナク”だ」


 赤志は詳しく説明するといって立ち上がると、室内にあるホワイトボードへ向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る