レッドガーベラ～異世界横浜【魔薬】事件簿～

赤緑-1

　大量の足音とざわつきが室内に満ちる。

　制服警察官が医師や看護師たちを誘導しているのを視界の隅で捉えた本郷は、進藤を無理やり立たせ、頭を前方に振る。

　それに合わせ進藤も首を振った。

　額と額がかち合う。燃える瞳と凍てつく瞳がぶつかる。

「いい顔をしているな本郷刑事！　ヤクザみたいだぞ！」

「お前は極道のくせにちっとも怖くないな」

　進藤の首から手を離し胸倉を掴む。そして力任せに引き寄せる。

　そのまま片手で、背負い投げの要領で進藤を投げた。シャツがブチブチと音を立てボタンが散らばる。

　背中から叩きつけられた進藤は痛みを堪えるように顔を歪め歯を食いしばった。

「進藤。これが最後のチャンスだ。これ以上抵抗するなら命の保証は────」

　本郷の言葉が終わるよりも早く進藤は腰からナイフを取り出していた。後退すると進藤が膝を伸ばそうとする。

　そこにサッカーボールキックを放った。本郷の革靴の爪先が進藤の腹に突き刺さる。

「ぐがっ……！！」

　進藤は息を詰まらせた。本郷は力任せに振り抜く。

　進藤はボールのように転がりパイプ椅子の群れに突っ込んだ。

「立て。任侠者なら仁王立ちで死んでみせろ」

　指を曲げて挑発する。

「ははは……警察が吐く言葉とは思えないね」

　進藤は口から大量に血を吐きながら、なんとか立ち上がった。

「私を……舐めすぎじゃないか？」

　進藤の表情が険しくなる。小刻みに息を吐きながら、ナイフを持ったまま肘を曲げ両腕を上げた。

　アップライト気味のボクシングの構えだった。堂に入っている。ブラフではない。

　進藤の周囲に、カミソリのような空気が漂い始める。

　本郷は距離を詰め、拳を振り上げた。

「随分と甘いな。調べも攻撃も」

　膝関節の緊張を解きUの字を描くように体を揺らす。唸る巨拳をウィービングで避け、カウンターのストレートを本郷の鼻っ柱に叩き込む。

　本郷は勢いを落とさず相手を掴みに行く。進藤はバックステップし、ジャブを放つ。牽制しながら距離を取り肩の緊張を解く。

「お前、県警の力自慢なんだっけ？　悪いな。お前はそこでは一番なのかもしれないが」

　進藤は襟元を正し手首のカフスボタンを外す。

「俺は俺でテッペン獲ってんだよ」

　本郷は目を細め鼻血を拭った。

ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ

「よぉ。生きてるか？」

　壁に叩きつけられたジャギフェザーに呼びかける。手をつきながらヨロヨロと立ち上がるのが見えた。

「ぐふっ……」

　獅子が血を吐き出した。脇腹からは白い肋骨が露出しており、蹴られた部分はわかりやすく凹んでいた。

「おしい。衝撃逃のが遅れてら即死だったのに」

　赤志が挑発すると再び血を吐いた。

　甲高い、空気が抜けるような呼吸音が赤志の耳に届く。

「肺が損傷してる。折れた骨が刺さったか。呼吸するだけでも辛いだろ。獣人は頑丈っつっても体内構造は人間と一緒なんだ。無理せずにさ」

　一瞬で距離を詰め前蹴りを放つ。減り込んだ箇所に再び足底が突き刺さった。

　ジャギィフェザーが吠えるように嘔吐した。吐瀉物は、全て赤に染まっていた。

「な？　死ねよ。さっさと」

　冷たい目で相手を見下しながら言った。

　獅子は鋭い眼光を赤志に向け、爪を突き立てた。

「おせぇよ」

　人差し指が、ジャギィフェザーの目を貫いた。

「ガァァァァアア！！！」

　吼えると真っ赤な牙を突き出した。

「騒ぐな、目が潰れたくらいで」

　赤志は腰を捻り拳で相手の顎を突き上げる。

　渾身のアッパーカットを浴びたジャギィフェザーの巨躯が一気に浮き、そのまま天井に叩きつけられた。

　周囲にいた機動隊からは低い歓声が上がった。

「あれ、調子わりぃな」

【首から上だけぶっ飛ばすつもりだったのにな】

　振り抜いた拳を見つめ、ハッとする。

　天井に穴が空いていた。穴は屋上まで続いている。

「クソ」

　膝を曲げ跳躍する。穴を通り屋上へ。雲一つない、無限に広がる青空と同じ色に染まった白空魔力（エーギフト）が漂っていた。

　蹲るジャギィフェザーは、口から血を垂れ流していた。

「ん～」

　赤志は爪先でコンクリートを叩く。

　タンポポの綿毛のような、白い粒子が微かに舞った。

【いけそうだな】

「ジャギィフェザー。お前”ブリューナク”使っていいぞ」

　胡乱（うろん）げな目が向けられる。

「使えよ。全力で戦え。「不意打ちされたから負けたんだ」とか、言い訳されてもムカつくし。完膚なきまでに叩きのめしてやらぁ」

　ジャギィフェザーは口角を上げた。

　余裕の笑みではない。

　獲物を狙う際に牙を見せる、肉食獣の性だった。

「天羅に届かせるは……我が名ただ一つ」

　詠唱だ。ジャギィはやはり、タキサイキアと違い慎重な性格らしい

「作り出すは、我が世一つ」

　赤志はポケットに両手を入れ相手を待つ。

「彼方に……我が心を捧げん。荒ぶる神に、我が身を、捧げん」

　渦巻く瑠璃色（るりいろ）の魔力が物理的に干渉するほどその存在を濃くした。

「眩しき希望を……一掃せよ……！！」

　獅子の体が一瞬鈍色に光る。

　そして、牙を動かした。

【ジャギィフェザー】

　ジャギィが、”自分の名を唱えた”瞬間。

　不安を煽るような暁闇（ぎょうあん）の狼煙が赤志を包み込んだ。