白山-2

 本郷刑事が、ひとり暮らしの女の家に入り浸っていた。

 自分が撮った写真を見つめながら、飛燕は頬を膨らませていた。


 これでは浮気調査しているようではないか。


「違うんだよ~。欲しいのは事実とか真実とかなんだよ~」


 写真を助手席に置き、ハンドルの上に両腕を乗せる。停車中だがワイパーだけは動かしている

 もし本郷が妹を殺していたとして、あの女性が共犯では。というのも考えた。だがどう見ても初めて知り合ったといった感じだ。


 まさか、恋仲、か。

 ワイパーが雨粒を消す。飛燕の想像を洗い流すようだった。


「いったいどんな関係だ。なんで頻繁に会う必要がある」


 本郷が三鷹組の進藤を探しているという情報までは掴んでいる。神奈川県警の連中に金を掴ませて手に入れたのだ。嘘はないだろう。

 じゃああの女は進藤の愛人、それか旧友か。

 それとも進藤に狙われているのか。何らかの理由で。


「やっぱ直接取材してみよっかなぁ。でも下手すると犯罪になるし……警察手帳でも持って……いやダメだ。身分詐称だ。クソどうすっか」


 悩んでいた時だった。電話がかかってきた。編集長からだ。


「はい」

『まだ横浜駅にいるのか?』

「ええ。そうですよ。ただやっぱりガセですよ。あのタレコミ。横浜駅にレイラ・ホワイトシールが現れるなんて」

『だよなぁ……独占取材は夢のまた夢だ』


 今日は不発だな。という編集長の愚痴を聞きながら会社に戻ることを告げた。

 飛燕は鼻を鳴らしシートベルトをした。


「……ん?」


 ふと目を前に向けた時だった。

 横浜駅前で傘を差した人々が集まっていた。


「おいおい、マジか」


 ガセネタではなかったのか。シートベルトを外し助手席に置いていたカメラを手にすると外に出た。

 雨に濡れながら駅に向かうと悲鳴が上がった。次いで何かが壁に激突するような低い音も。


 野次馬が悲鳴を上げる。飛燕はその隙間を縫うように体を入れカメラを向けた。

 そこにいたのは、獅子人レオリエント猫人ケットシーの少女。


 そして、両者の間に挟まるように立っている人物。あのフード姿には見覚えがあった。


「あ、赤志勇……」


 赤志が叫び、獅子を殴り飛ばした。

 なぜ最強の獣人でもある獅子人レオリエントがいるのか、なぜ赤志が獣人と戦っているのか、という疑問が飛燕の行動を鈍らせた。


 慌ててカメラを構えた時には赤志と少女が消えてしまっていた。


 野次馬がざわつき、注目は残った獣人に向けられる。飛燕のカメラレンズもそちらに向けられた。


 警察が注意していると、獅子は素早く相手の銃を奪い、粉微塵にして見せた。

 高笑いしながら駅構内に向かう、巨大な獣人。誰もが距離を取り、そそくさと離れ始めていた。


 国家権力が手も足も出ないのだ。一般人など逃げ惑うことしかできないだろう。

 だが、飛燕は違った。


「逃がすかよ」


 奮い立たせるように呟き後をつける。相手は4番線に向かった。京浜東北線根岸線だ。

 どこに向かうつもりだと思い、ハッとする。

 鶴見だ。赤志勇が住んでいるタワーマンションがそこにはある。


 車で先回りすることが一瞬過ぎったが、相手の動向も気になる。飛燕は尾行することを決めた。

 相手が改札を通り、角を曲がる。飛燕も続けて曲がる。


「はい、こんにちは」


 巨大な爪がぬっと出て来た。


「!!?」


 悲鳴を上げる暇もなく首からぶら下げていたカメラが捕まれ、握りつぶされた。


「記者さんかな? それともただの獣人ファン? どちらにせよ……敵じゃない。2つの意味でね」


 獅子人レオリエントは飛燕を一瞥すると視線を切った。


「追いかけてこなければ殺さない。じゃあね」


 遠ざかっていく大きな背中を見つめながら、荒い呼吸を繰り返す。

 飛燕は相手の姿が見えなくなってから、バラバラになった部品を集め、その場から駆け出した。


 車に戻ってきた飛燕の顔は怒りの笑みを浮かべていた。


「ざけやがって。ちっぽけな脅しで引き下がってたら、こんな仕事やってられねぇんだよ」

 

 赤志とあの獅子は振動や、先日の電車暴走事故に関わっているかもしれない。ただの勘だが思い当たる節は大量にある。


 魂に火をつけた飛燕は車のアクセルを強く踏みしめた。

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