本郷-8

「な、んでそんなこと」


 虚を突かれたせいか藍島の声が震えていた。赤志とジニアも驚いて視線を向ける。

 

「なんで澪も関わってんだよ、という点が引っかかりまして。なんで澪、なら話は分かります。2年間連絡を取っていないのなら、篠田さんが裏社会と関わってしまった、と想像するのが自然でしょう」


 ですが。本郷は淡々と告げる。


「”も”、ということは篠田さんが進藤と関わっていることを知っていたのでは?」

「は。知らねぇわ」

「そこから、あなたの格好と家の中に招き入れた理由も推察できます。変人だと思わせ、信用できる証拠を見せて、早く話を切り上げさせるために、ですよね」

「だから! 知らねぇって!」

「トリプルMとの関わりは? 知っているのでは?」

「さっきからなんなんだよ。トリプルM? なにそれ。映画タイトル?」


 藍島は早口だった。少しだけ焦っているようにも見える。

 ジニアが「あの」と言った。


「本当は、知ってるんじゃ」

「あ? なんだよいきなり。いい? 小さい子に伝わるようにもう一度言うけど、私は澪と会ってない。裏社会とかトリプルなんたらなんて知らねぇんだよ」

「じゃあなんでって名前は知ってるんですか?」


 サングラスの奥にある瞳が揺れ動く気がした。


「トリプルMを知らなかったみたいに、まずは誰なのか聞かないかな、と思ったんですけど」

「……聞き逃してたんだよ」


 本郷はレイラの援護に心の中で感謝した。


「篠田さんが隣の部屋にいると確信した理由はそこではありません。最初から知ってたんです」

「どういうことだよ?」

「郵便受けです」

「郵便受け?」

「202号室の名前は空白でしたが、隣の扉の前にデリバリーサービスの袋が置いてありましたよ。スマホで呼んだんでしょうね」

「なっ、そんなわけ────」


 藍島の言葉はそこで止まった。


「それと、この部屋に入った時と私の相棒が声を上げた時に気付きました。この部屋の壁は非常に薄い。藍島さんが悲鳴を上げれば丸聞こえです。特定の声でも出せば合図になります。それとも、ポケットに忍ばせた携帯で連絡を取り合いますか?」


 藍島の唇がきつく結ばれる。


「ポケットに手を入れ画面を見ないでフリック入力。素晴らしい技術ですが、手元の動きはもう少し静かにするべきでしたね」


 本郷は微笑みを浮かべる。


「まだ5分経ってません。篠田さんに会わせていただけますか?」


 閉口していた藍島は肩を落とし、サングラスとマスクを取った。

 本郷は一瞬面食らう。可愛らしい顔だった。目が大きくパーツがハッキリとしているため幼さが少し残る顔立ちをしていた。


「嘘吐きやがって、クソ警察」

「お互いさまということで」

「わかったよ。そっちの勝ち。澪呼んでくるから待ってて」


 藍島は腰を上げ部屋を出た。しばらくして篠田を連れて戻ってきた。


「マジでいたよ」


 赤志がボソッと呟いた。

 篠田は寝不足なのかくまが酷かった。顔色も青い。


「篠田さんですね」

「……はい」

「椿さんのことですが」

大翔ひろとくん……!? 無事なの!?」


 掴みかかりそうな勢いで詰め寄った。


「どこにいるの!? 家には帰らないで、隠れてるようにって言われて……い、いつ迎えに来るかとか言ってた!?」

「……昨日、お亡くなりに」


 篠田は茫然自失となった。やがて長い髪が垂れ、両手で髪ごと顔を覆い肩を震わせた。


「警察で篠田さんを保護させていただければと」


 藍島は篠田の肩を抱く。


「その前に、お聞きしたいことが」


 篠田は鼻をすする。


「椿さんから伝言などは預かってませんか? 手紙やメッセージとか」

「……ううん。なにも。大翔くん、Lienやってないし、メール嫌いだし」

「では、進藤という名に聞き覚えは?」


 首肯が返される。


「大翔くんの友達。あまり話したことない……けど、前ね、大翔くんが電話してたの。「幸一。さっさとワクチン打てよ」って」


 進藤の下の名前は幸一だ。本郷は頷く。


「大翔くん、プロポーズしてくれたんだ。」


 目許を擦る。


「私の誕生日、11月26日なんだ。その日にプロポーズされて、指輪も貰って、クリスマスは……一緒に……すごそうって……」


 肩を震わせ大粒の涙を流しながら、篠田は叫ぶように泣き出した。




ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ




 アパートの前に止めた警察のプリウスに篠田が乗り込み、遠ざかっていく。これで篠田の安全は確保できた。


「藍島だっけ。変人かと思ったけど友達思いだったな」


 BMWのボンネットに腰掛ける赤志が言った。


「人を見た目で判断するなよ赤志」

「はいはい。あと、あんたのこと見直したわ」

「ん?」

「俺じゃ絶対、隣にいるなんてわからなかった」

「少し考えればわかる。コツは、少しでも違和感があったら放置しないことだ。何事もな」

「覚えとくよ。あとジニアもナイスだったぞ」


 赤志がジニアの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。


「あとは篠田澪から、有益な情報が出ることを祈ろう」

「あんたが取り調べればいいじゃん」

「苦手なのさ」


 赤志が鼻で笑う。

 紙飛行機が弧を描きジニアの手に戻ってくる。


「それ回収するのか」

「しばらく出しとくのもアリだぜ。進藤たちが藍島のとこ来るかもだし」

「駄目です。回収してください」


 全員が声のした方を見た。

 楠美とスーツ姿の男性刑事2人を捉える。


 楠美がジニアを睥睨へいげいの眼差しで見た。


「藍島恵香さんの自宅は神奈川県警の方で監視します」

「待てよ。これ使えば警備は楽────」

「魔法を使うな!! 何度も言わせないで!!!」


 口から火を吐き出す勢いだった。肌寒い冬の風が熱を帯びる。

 楠美は紙飛行機をふんだくると、握り潰した。ジニアの表情が石のように固まった。


「そこまですることねぇだろ。あんた、なんでそんなに魔法を恨んでんだ」

「理由が必要ですか? 弱者が持ったらテロの道具にしかならないこれを潰すことに」


 地面に落とした紙を踏みつける。


「弱者って。強者も同じだろ。まぁ強者が何を指すのかわからんが」

「楠美。落ち着け。立場上そう言わなければならないお前の気持ちもわかるが子供を脅かしてどうする」


 赤志が口角を上げる。


「随分と肩持つじゃん。本郷。なんで?」

「……黙って帰ってください」

「あ、わかった。元カノとか?」


 本郷が赤志の頭を小突く。


「いってぇ!?」

「見ろ。楠美の顔を」


 言われた通り見てみる。


「うわぁ。鬼の角が見えるよ」

「首から上をねじ切られるぞ」

「はは。死にたくねぇし退散しよ。行くぞ、ジニア」


 赤志がジニアを陰に隠した。服にしがみついたジニアが頷く。


「家まで乗っていくか?」

「いいよ。歩いて帰る」


 片手を上げて赤志は去っていった。

 楠美は鋭い視線を本郷に向けた。


「……もう、大人しくしててください」


 不機嫌さをおくびにも隠さない楠美は横を通り過ぎた。刑事2人もそれに続く。


「意外と真面目か。お前のことだよ」


 残された本郷は小声で言った。初めて赤志を見た時の印象はガサツな不良だというのに。


「人を見た目で判断するな……か」


 自分にこそ言うべき言葉ではないかと思いながら、本郷はアパートを見た。

 藍島が顔をのぞかせていた。静かにどこか遠くを見つめている。


 見えていないだろうが頭を下げて車に戻る。

 車を走らせると彼女の姿は、一瞬で見えなくなった。

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